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官庁データに見るCOVID-19

肉体的COVID-19

報道されてはいないが誰でも調べられる客観的データから判断すると、COVID-19は世界的には甚大な被害を及ぼしているが、ここ日本においては2021年1月現在季節性インフルエンザより致死率は高い死亡者数は少ないウイルス。日本人の清潔習慣と強い自然免疫力等により死亡者数が海外に比べ非常に少なく抑えられている(米国比1/38)。

※2020年1月現在、厚生労働省及び国立感染症研究所のデータより。推計値は2017年9月10日(第36週)~2018年5月5日(第17週)。COVID-19感染者数とされているのはCPR検査陽性者数であり、これは報道機関全体の誤り(下記5.参照)。

また、死亡者はほぼ高齢者に限られており、0〜59才までの死亡者割合は死亡者全体の約5.3%。60才以上の死亡者割合は実に94.4%0才~19才死者数0。20代においては、感染者数は年代別で最も多い(4987人)にも拘わらず、死者数1(2020.7.15時点)

陽性者の死亡率0〜59才では0.3%ですが、60才以上では14.8%、約50倍の死亡率です特に80才以上の死亡の率は28.3%(約94倍)陽性者の約3人に1人が亡くなっています。

どうやらコロナ新生児若者殺さないで、高齢者命を狙ってくるらしい。これほど世界的に蔓延しているにも拘わらず、乳幼児若者死者の少なさ驚異的です。その理由については、今の所諸説ありますが分かってはおりません。日本のマスコミはこの重要な事実をなぜか報道しませんが、誰でもすぐにネットで調べられます

※「国内発生動向」は、厚生労働省2020年7月15日統計。

「世界の子どもたちの感染状況」https://www.hayashi-clinic.jp/より。

また、年代別の人口に対する死者の数ですが、0〜59才まででCOVID-19で死亡したのは約158万人に一人です(2020.7.15現在)。

60才以上では約48000人に一人、死亡率は約33倍です。

個人的に思うこと  

―TVを見過ぎず自分でググろう!―

1.マスコミによる偏った恐怖強調について

国別死亡者数のデータより、アジア・モンゴロイド地域は自然免疫力が欧米に比べて遙かに強く、COVID-19の威力は欧米の30~40分の1と見ていいと思います。現状の報道は恐怖のみを強調しすぎと感じます。

その理由としてまず考えられる事は、コメンテーター達(特に専門家)は危険性を強調する事によって自分を守る必要があるということです。つまり「大丈夫、心配ない」と言って何かあったら激しく責任を問われますが、危険を強調しておけばもし安全だったとしても責任は問われにくい(「私が注意喚起をしたので危険を回避できた」とすれば良い)ので、自己保身を考えれば「危ない、危ない、もっと注意しろ」と言う以外ないのです(最近そうではない勇気ある専門家も出てきているようですが)。

また、一般人が分からない専門的な注意事項・恐怖要素を示せば自分の「専門家性」を強調・演出する事ができ、自分の知名度も上がり、次の仕事も入る様になります。たとえそれが数万件に1回しか起こらない事でも。

 

もう一つの理由は、恐怖を煽るほどTVの視聴率が上がり局の収益になるからです。今やコロナ報道は「恐怖エンターテイメント」とでも言うべき状態で、怖ければ怖いほど人々は夢中になってTVを見てしまいす。

報道の中に必ず真実があるという訳ではなく、どんな事実もその切り取り方によって全く違う情報になります。そして、事実の切り取り方を決めるのは放送局であり、放送局は自社の利益になるように、即ち視聴率が上がるように事実を切り取っていきます。放送局も一企業であり、自社の利益の為に存在しているからです。

真実を虚心で探ると言うよりも、まず「コロナ=恐怖」というコンセプトが先にあり、沢山ある事実の中からそれに合った事実のみをピックアップして効果的に組み合わせたものが「コロナ恐怖報道」なのです。同じ事実群から「コロナは怖くない報道」も作れますし、「コロナは救世主報道」も作れます。その沢山の選択肢の中から、マスコミは収益の確保の為にスポンサーの意向にあう報道を製作していくのです。

私が実際に震災関連でTV局にインタビューを受けた時、その事を痛感しました(自分の主張は何も報道されず局に都合の良い数語のみ放映されました)。また、妻も仕事でマスコミと長いあいだ関わった経験があり、その話からも報道される情報と事実全体との大きな相違が伺えました。報道は「商品」なのです。

2.恐怖強調報道に対する人々の反応について

 現在、「マスク警察」や「休業要請テロリスト」とでも言うべき「コロナ感染防止過激派」の人々が話題になっています。これを見て私が思いうかべるのは、太平洋戦争前の軍国主義時代の日本です。非常に怖いものを感じます。

あの頃、少しでも反戦的と思われる行動を取れば誰かに嗅ぎつけられ、数の力によって「非国民」として責め立てられました。今、マスクなしで街を歩く人は勇気ある人か気にしない人だけで、殆どは気にしない人たちです。その数も仙台でいえば百人に一人くらいでしょうか。コロナ発生当初、マスコミはこぞって「ウイルスにとってマスクなど無いと同じ、ほぼ効果はない」と言っており、専門家の意見とも一致していましたが、今はこの状況です。「風潮」は人々の「感情」で決まり、「正確な事実」とはほぼ無関係と感じます。

 

そして、その「感情」を左右する大きな要因がTVを始めとするマスメディアによる「報道」です。

 

なぜこのように報道をそのまま真実として自分の中に取り込んでしまい、周囲にも影響を与える人々がいるのでしょうか? そこに様々な社会的、習慣的、精神的問題が潜んでいるような気がします(これについては後程考察したいと思います)。

「報道」は「事実」の中から「報道者(のスポンサー)にとって都合の良い部分」だけをピックアップ、加工して作られた「情報商品」です。報道を信じる前に、報道者(のスポンサー)を良く見極めなければならないと思います。そして、報道される前の「事実」は比較的簡単に手に入る場合も多いのです。上記グラフの情報は公開され、誰でも簡単にアクセスできます。

その情報を見て、自分なりの感覚と思考で下記のコロナ対策案を考えてみました。

 

3.日本におけるコロナ対策案

日本におけるコロナ対策としては、「報道」ではなく年代別死亡率という「事実」から判断すれば、70代以上は外出を控え予防策も万全にして隔離的生活を送ってもらい、60代は自己判断で行動、50代以下は通常の活動(COVID-19以前と同じ活動)をして経済を止めないのが良いと思います。集団免疫を作る助けにもなるでしょう(集団免疫はもう出来ている、又は日本人の自然免疫力で十分対処できるという説もあります)。

 

死亡リスクは社会と個人の経済的健全性と人々の精神的健康を守るという観点からあえて受け入れます。50代以下に限って言えば、158万人に一人しか死亡していません(2020.7.15現在)。その一人を守るための対価として、日本経済の衰退・子供の精神発達の阻害・社会不安の増大等を受け入れるのは、国家として狂気の沙汰と言っても良い気がします。

そして、未来ある若者はコロナでは死なないのです(もちろん、高齢者の命を軽視している訳ではありません)。対コロナ習慣(マスク・非対面等)が若者の成長に否定的な影響をもたらし、コミュニケーション能力の重要な何かが欠けてしまう気がしてなりません。それは長期的に見れば社会の衰退に繋がっていく可能性もあります。

現状の対策傾向のままでは政府のコロナ対策に起因する自殺者が多くなっていき(平成26~30年の日本の自殺者数は年平均21650人、警察庁資料より)、日本国民と日本経済は疲弊して衰退してくのは避けられないと思われます。

 

医療体制については、不完全な要素の多いPCR検査に労力を取られたり、症状が全く出ない若者の隔離等でベッドを占領されたりするよりも、重症者の治療を最優先で取り組む方が良いと感じます。

 

完全な感染予防は技術的・社会的に不可能であると思われ、「感染を止めてCOVID-19を衰退させる」対策は現実的に難しいと思われます。

現状の感染防止対策は、集団免疫が出来るまでの時間をただ引き延ばしているだけかもしれません。

その間に日本経済はどんどん衰退していってしまいます。

4.もし私が自由に報道できる立場だったら…

次の点を強調します。

●まず、上記のグラフや表をTV画面上に頻繁に登場させます。

●季節性インフルエンザとの比較をします。コロナの方が致死率は高いですが、コロナ死者数よりも例年のインフルエンザ死者数の方が多い事を伝えます。

●インフルエンザは乳幼児や若者も死へ追い込みますが、コロナでは乳幼児や若者はほぼ死なない事を強調します(これは日本だけでなく世界的な傾向です)。

●欧米では大変な数の死者が出ていますが、日本の死者数は米の30~40分の1である事を強調します。

●客観的データから、諸外国と日本でのコロナウィルスの人体に与える影響の大きさは異なっており、海外ニュースの事例が日本でそのまま起きる可能性は少ないと思われますので、適度な注意は必要ですが、過度の恐怖を抱く必要は無い事を伝えます。

●客観的データから、新型コロナウィルスでは新生児や児童・生徒・学生・新社会人たちはほぼ死なない事を強調し、彼らには成長に必要な程度の自由を与える事を奨励します。

1/16~開催の道楽宴其之壱「たましいが共鳴するとき」では…

今の情勢に鑑みて、席数を大幅に減らし、予防対策を万全にした上で有観客公演としますが、地域的・感染予防的に来場できない方の為の動画配信を最重要視します。

会場の感染防止対策としては、

●人数制限による社会的距離の確保

●入り口における体温チェック・手指の消毒(全自動機により人の近接を防ぎつつ)。

●演奏者と観客の間を大型アクリル板数枚で仕切り、飛沫がかからないように対策。

●監視人の常時配置による感染リスクの事前回避

等予定しております。

5.そもそも、「いわゆる感染者数」の増加自体に問題があるのか?

連日の報道において最も重要視され、少し増える度に大騒ぎしている「いわゆる感染者数」。

 

イ.本当に感染者数の増加そのものに問題があるのでしょうか?

ロ.報道で言われている「いわゆる感染者数」とは正確には何なのでしょうか?

 

まずロ.から見ていきたいと思います。

医師で七合診療所所長の本間真二郎氏によれば、「感染者」と「陽性者」は大きな違いがあり、「陽性者数=感染者数」としている現在の報道は間違っているという事です。(https://gendai.ismedia.jp/articles/-/75285)

本間氏によれば、

 

「感染」とは「生きたウィルス」が「細胞内」に入ること。

PCR検査の「陽性」とは、検体から「ウィルスの断片」が見つかること。

また、「発症」とは発熱・空咳などの「症状」が出ること。

 

としています。

そして、「陽性」ではあるが「感染」ではないケースとして、以下があります。

 

・ウィルスが体内に侵入したが、もう死んでいる場合(感染したが症状が出ずに治癒した場合等)

・ウィルスが生きてはいるが、ただ体内にいるだけで細胞に感染していない場合(気道内に付着しているだけの状態等)

 

即ち、本当の意味で「感染」しているのは「陽性者の一部」ということです。

さらに、「発症」しているのは「感染者の一部」となります。

即ち、

陽性者数 > 感染者数 > 発症者数 > 重傷者数 となり、実際の感染者数と陽性者数は異なってきます。

 

次にイ.の「『いわゆる感染者数=陽性者数』の増加は本当に問題なのか?」という事を見ていきます。

陽性者のうち、以下は問題にならないと思われます。

 

a. 陽性ではあるが感染していないケース(上記2例)

b. 陽性者であっても他人に移す可能性が低い場合

 

ウィルスが感染するには通常数百〜数万以上のウィルス量が必要ですが、PCR検査は遺伝子を数百万〜数億倍に増幅して調べるので、体内にウィルスが1個しかいない場合でも陽性になる場合があります。

 

また、本当の意味での「感染者」であっても、以下のケースを問題と見るかは人によります。

 

c. 感染しても発症しない場合(不顕性感染)

d. 感染しても重症にまでならない場合

 

感染しても、感染細胞が少なかったり、細胞の自浄作用等によりウィルスの増殖が抑えられている場合は発症しません(これを「不顕性感染」といいます)。自然免疫力の強い日本人は殆どがこのケースであると思われます。

そしてこのように自然に治ってしまった人でもPCR検査では陽性反応が出るケースがあるのです。もうウィルスは死んでおり、他人に感染させる事もない人が病院のベッドの多くを占拠しているのかも知れません。

 さらに、発症者でも重症にならずに通常の風邪程度の症状ならば問題ではないという考えもあります。私もそれに賛成です。インフルエンザでも風邪でも重症になれば死に至ります。

 

「重症化する割合や死亡する割合は以前と比べて低下しており、6月以降に診断された人の中では、

 

・重症化する人の割合は 約1.6%

  ●50歳代以下で0.3%

  ○60歳代以上で8.5%

 

・死亡する人の割合は 約1.0%

  ●50歳代以下で0.06%(季節性インフルエンザは0.01%)

  ○60歳代以上で5.7%

 

となっています」(厚労省資料 2020年11月時点  新型コロナウイルス感染症の“いま”についての10の知識)

 

COVID-19は「日本においては」、

 

  ●50代以下の年代にとっては「やや重度の風邪の一種」

  ○60代以上の高齢者にとっては「死の病」

 

という考え方は如何でしょうか?

 

私の個人的な結論として、以下の様に考えています。

・COVID-19の一番の特徴は、恐しい程明確な年代別死者数の分布であり、主に高齢者を死に導くウィルスと見て良い。

・よって、COVID-19においては、50代以下と60代以上では全く別の考え方、対処をするべきである。

・日本の50代以下にとっては、COVID-19は脅威ではない。(海外においては異なる)

・50代以下は通常の生活をして、経済活動を止めない。感染防止も必要なく、集団免疫の早期獲得を目指す。

・60代以上は感染対策を施し、隔離的生活を推奨する。

精神的COVID-19

個々人の感情たちはそれぞれが影響し合って物質世界とは別のひとつの「感情世界」を形作っており、その感情世界が個々人現実世界に与える影響は少なくないと思います。良い感情良い現実をもたらし、悪い感情悪い現実をもたらす。「引き寄せの法則」等もこの考え方の一種だと思います。

その観点から私は、コロナそのものの被害よりも「コロナに対する恐怖心・過剰な防衛」が社会にもたらす影響の方が深刻と感じています。例えば今の新生児たちは、「笑顔」を知りません。恐ろしい事だと思いませんか?

コロナ恐怖及び過度の感染防止策が人間の精神に与える影響について

コロナですっかり変わってしまった社会意識。そのことによる個々人の精神への影響を考えてみます。

 

●マスク着用の子供に対する精神的影響

京都大学大学院教育学研究科 明和政子教授「目だけで情報が通じ合うのは大人の世界です。子どもたちは表情のなかのたくさんの情報を使って、少しずつ少しずつ、相手の表情、感情というものを理解していくわけです。そういった経験が今回のコロナ禍において一気に失われていく可能性が高いです。」

おそらく人類史上初の、「精神的成長期をマスク顔ばかり見て過ごした人々」が誕生します。どういう人間に育つのかは今後の経過を見なければ分かりませんが、何の罪も無い子供達が一番の犠牲者になりそうな予感がしてなりません。

 

●非対面型コミュニケーションの影響

例えばZoom等Web会議ツールを使ったコミュニケーションと実際に相まみえて交わすコミュニケーションの違いを考えてみます。

非対面コミュニケーションにおいては、相手の体の状態や動きからの情報(ボディーランゲージ等)が無いので情報伝達が不完全になると思われます。逆に言えば、ボディーランゲージのスキルが退化し、自己表現能力も発達しにくくなる恐れがあります。画面では伝わらないその人のまとう雰囲気とか動作の特徴などは人間同士のコミュニケーションの極めて重要な要素と考えます。

非対面型コミュニケーションが発達した社会においては、「Zoom写りが良い」けれども、実際に会うと「オーラが無い」人間達が成功する確率が上がり、社会全体としては「生(なま)の現実」に対応する力が弱い、「虚の社会」に近づいていく可能性があります。

ネット人格と実人格が一致することがほぼ無かった私の経験から、道楽庵は基本的に実際に「相まみえる」ことを最重要視しています。

 

●在宅勤務が増える事による影響

各人の在宅時間が増えるということは家族全員が家の中に居続ける時間が増えるということです。これが「うれしい」になるのか、「うんざり」になるのか?今、全国の「お父さん」たちの普段からの家族との接し方などが問われてきています。良い点も悪い点もあるでしょうが、自分と家族を見直す良い機会であることは間違いないと思います。

在宅勤務が普及してから私がよく見るようになった印象的な風景があります。それは、「駐車場で半日寝ているお父さん」たちです。これまで10~20人は見たでしょうか?家に居場所がないのか、家族には勤務していると言っているのか…ホームセンターやスーパーの駐車場の隅に車を止めて、ひたすら寝ている「お父さん」たち。

非常時にこそ、その人の本質に近いものが現れてくるのかもしれません。

 

また、学校授業の停止により子供達の在宅時間が増える事による親達(特に母親)の負担の増加は深刻な問題となっています。

普段仕事ばかりで家に居ない「お父さん」の中には、「家に居る時間=自分を休める時間」という解釈しか出来ない人も居るでしょう。そんな「お父さん」と、家の中に閉じこもってその活動パワーを持て余している子供達の相手を一手に引き受ける「お母さん」の負担がどの位かは想像を絶しています。

 

社会的異常事態の影響を一番強く受けるのはいつも社会的弱者達です。

上記家庭内負担の増加の他に、雇い止めやバイトの休業等を真っ先に余儀なくされるのは多くの場合女性です。

「男女格差指数」121位(2019年)、先進国の中ではダントツでワースト1の日本では、コロナによって増加した自殺者の殆どは女性です。

 

●コロナに対する恐怖が与える影響

 コロナ流布初期の、あの得体の知れない恐怖を思い出してみて下さい。

まだ詳しい知識もなく、ただ「死のウィルスが上陸してきた!ウチの近くにも感染源があるかも!」という恐怖が先走り、目に見えない殺人者の存在に生きた心地がしなかったのではないでしょうか? 私もそうでした。

恐怖は人間の体、特に消化器系に明らかな悪影響を与えます。また意識が頭や胸やみぞおちなどに集中し、下半身が不安定になり動きも鈍くなります。いわゆる「上虚下実」の反対になり、集中力も減り交通事故等の可能性も高まってきます。 相手を思いやる余裕もなくなってくるのでコミュニケーションも取りにくくなります。

「人を見たらコロナと思え」という人々が集まった社会を想像してみて下さい。うまく機能するはずがないですよね。

 

●コロナの肯定的捉え方

悪い影響ばかり挙げましたが、全く逆に「これはチャンスだ!」と捉えている人も大勢います。私もその一人です。

コロナに対する色々な見方がありますが、その一つは「コロナは人類に何かを教えようとしている」という見方です。

たとえば、上の例で挙げた「お父さん」たち。仕事に時間の全てを取られ、家族を経済的に支えることが一番の愛情表現だと思っていた人たちの中には、会社以外の自分の居場所がどこにも無いことに気づいた人もいるかもしれません。

また、今まで他人との関係性の中でだけ自分の価値を見いだしていた人の中には、家の中で一人の時間を過ごしているうちに、自分自身の中には支えになってくれるものが何も無いことに気づいた人もいるかもしれません。

国内外を激しく移動して仕事をしていた人の中には、地元に根付き、地域の人々との親しい関係をじっくり育てていくことの大切さに気づいた人もいるかもしれません。

また、お金や地位や名誉などを追い求めて生きてきた人々の中には、世の中が少し乱れれば自分の求めてきたものは簡単に崩壊してしまうことに気づいた人もいるかもしれません。

「人は危険の中でこそ大きく成長する」と考える人は多いと思います。昔の人はそれを良く分かっていて、「かわいい子には旅をさせろ」「若いうちの苦労は買ってでもしろ」「修羅場をくぐれ」などと言われてきました。安全な場所に居れば周囲の流れに従って生きていけますが、危険な場所に来たら自分の体で感じ、自分の頭で考えるしかありません。今回のコロナ騒動も、全世界同時パンデミックという誰も経験したことのない危険が来たわけですから、全世界の多くの人が、今まで考えもしなかったことに気づかされていると思います。結果として、コロナウィルスという「危険」は多くの犠牲を出していますが、同時に「人類の意識の成長」も促しているという考え方をする人も増えています。