第一話:「道」って言っても道路じゃないよ

かいた人:若だんな

至くんには年の離れたともだちがいます。

何だか良く分からないことを話すおじいちゃんなのですが、至くんはそのおじいちゃんがなぜか好きなのです。

近くにいくとまるで大きな木の木陰に入ったみたいに、からだの力がふーと抜けて、ほしくさの上に寝ているみたいな、おおきな湖にぷかぷか浮かんでいるような気持になるのでした。

 

至くんがおじいちゃんの小屋をみつけたのは、山の中へきのこを採りに行ったときでした。その日はきのこがなかなか見つからなくて、いつもは入らない山の奥まで行ってみました。そこで、粗末な板壁の小さな小屋をみつけたのです。近づいてみると、背の小さい、ぼろの着物を着たじいちゃんが、小屋の前の小さな畑を耕していたのでした。

ふしぎだったのは、目で見ると確かにじいちゃんはそこにいるのですが、人がいる感じが全然なくて、まるでそこに誰もいないみたいでした。じいちゃんも小屋も、まわりの木と同じで昔から森の一部だったみたいでした。

至くんは何度も目をこすってそこにじいちゃんがいるのを確かめました。何度こすってもじいちゃんはいましたので、至くんはゆっくりとじいちゃんに近づいていきました。じいちゃんは何も気づいてないみたいに畑をたがやしています。

「こんにちは」

至くんはおそるおそる声をかけてみました。おじいちゃんは耕す手をとめて、至くんの方をゆっくりと振り向くと、まるでずっと前からここに来ることが分かっていたみたいな顔でにっこりしました。至くんはその顔を見たとたん、からだがふわっと浮き上がって真綿に包まれたみたいな感じがしました。

そのときから、二人は友達になりました。

今日も至くんは、山の中にあるおじいちゃんの小さな小屋に遊びに行きます。

 

「じいちゃんはよく『道、道』って言ってるけど、道って一体何なのさ?」

「至よ、わしも本当は良く分からん。言い様がないのでとりあえず『道』と言ってるんじゃ。まあ、この世界を動かしてる、目に見えない大元みたいなもんじゃな。神さまみたいな、自然の法則みたいなものじゃ。」

 「じゃあ、なんで『道』なんて名付けたのさ。道路みたいでまぎらわしいじゃん。」

「うーん、わしもそう思うんじゃが、どんな名前をつけてもしっくりこなくてな。まあ、一番マシだったのが『道』だったんじゃ。」 

「いいかげんだなあ。じゃあ、道って何なのさ?」

「分からん。」

「じいちゃんが名付けたんだろ?無責任だなあ。」

「うーん、道が何なのか、わしは本当は分かってる。わしの体は道でできているし、この宇宙全体も道でできている。でもそれが何なのかを言葉にはできないんじゃ。」

「じゃあ、なんで『道』なんて名前をつけたの?」

「何でもいいから名前をつけなければいけない出来事があってな。

そのとき、わしは寿命ももうそろそろかなと思って、山にこもって静かに命を終えようとしていたんじゃ。そしたら道の途中の関所で役人に呼び止められてな。『先生、何か私たちに教えを書き残して下さい。でないとここを通す事はできません。』と言うんじゃ。」

「じいちゃん何か人に教えていたのかい?」

「いや。何も教えたことはない。ただ人が勝手にわしの廻りに集まってきて、一緒にくらしていたんじゃ。」

「ふうん。きっとみんなおじいちゃんのことが心配だったんだね。」

「そうかもしれん。その役人に何か書けと言われたが、わしは昔から『言葉』というものが大嫌いで、わしに何か聞こうと思って来た者たちが大勢いたが、わしは一言も教えたことがない。ただ朝起きて、飯を食い、畑をたがやし、木陰で休み、夜になったら寝るだけじゃ。その者たちはただわしと一緒にいるだけじゃった。もちろん本など書いたこともない。

じゃが、ここで本を書かないと関所が通れなくなってしまう。わしは早いこと山の静けさの中に入りたくてな。仕方なくあの本を書いたんじゃ。

そこで初めて、わしの知っているものがどんな言葉でも言い表せないことに気づいたんじゃ。今は『道』と言っているが、例えばそれを『源(みなもと)』と名付けても良かった。」 

「『源』ね。そっちの方が良かったんじゃないの?」

「そうかもな。でも『源』という言葉は、『そこから何かが生まれる場所』という意味合いがある。『道』は源であると同時に源から生まれたものでもあるし、そのどちらも貫く法則でもあるのじゃ。それで、わしは『源』を使うのをやめた。『道』の方は実際の道も表すし、『天の道』みたいに『生き方、考え方』みたいな意味も含んでいるからな。でも、本当は何でも良かったんじゃ。仮に『道』と名付けてしまって、それからその『道』の説明をする方法を選んだ。何せ早く山に入りたかったからな。」

「じいちゃん本なんか書いてたのかい?もしかして偉い人?」

「いや、偉くもなんともない。ただのじじいじゃよ。」

「じいちゃんの書いた本見てみたいなあ。」

「あれは書いてそのまま置いて来たから、本になってるかどうかも分からん。でも、あんな本など何の足しにもならんわ。またいろんな奴らがわしの言葉でうろうろして、勝手に騒ぐだけじゃ。」

「ふうん。じいちゃん結構有名人だったんだね。わざわざこんなとこに住まなくてもよかったんじゃないの?」

「そうかもな。でもわしはここが気に入っとるよ。」

「ぼくもここ好きだな。きのこもいっぱい採れるし。」

「昨日採ったあけびが沢山あるぞ。お母ちゃんにも持っていけ。」

「やったー!ありがとう。」

「日も暮れるからもう帰れ。」

「うん、じゃあ、またね。」

「またな。」

 

じいちゃんは、何も見ていないような目をして、洞窟の奥から響いてくるような声で話すのでした。

じいちゃんが何を言っているかは良く分からなかったのですが、至君はその声を聞くのが好きでしょっちゅうじいちゃんの小屋を訪ねていました。

不思議だったのは、やっぱり何度通ってもそこにじいちゃんがそこに「いる」感じがしなくて、まるで大きな木が風でざわざわ鳴っているのを聞いているみたいな気持ちになることでした。

つづく