牡蠣40kgとの生活

ものごとの「外部」と「内部」

いわゆる「業界」というものがあり、様々な商品やサービスを「売る側」の人たちがいる。「業界人」とは芸能界だけに生息しているのではなく、全てのサービスにおいて「業界」と「業界人」が存在している。もちろん水産分野においても。

一般客として、業界の「外」にいるうちは、サービスの表側しか見えないので、商品と幻想の両方を手に入れられる。夢を買う訳だ。しかし、業界人となってどっぷりと「内」に入ってしまうと、サービスの裏側を知ってしまう。そうなるともう「夢」は買えなくなり、プロダクツとしての商品のみが手に残る。業界人の目には商品に対する夢の光はなく、現実の計算式だけが頭の中を飛び交っている。

 

だが、その業界にどっぷり漬かる訳でなく、入り口でうろうろするのは楽しいものだ。若なかまは大学教授から寺の住職、実業家や舞踏家や歌手など様々な人間の集まりなので、私は色々な「業界の入り口」でうろうろするという最高の楽しみを味わっている。ありがたい事である。

 

今まで製造・建築・機械・防災・芸能と数種の業界を歩いて来たが、今回は水産業界の「内部」の空気を味わっている。一般人は海から上がったばかりでムール貝やワカメの引っ付いた牡蠣を40kgも購入しないだろう。

若なかまの一人で土木・建築・農業・教育・水産等多方面で商売を展開しているメンバーが居り、同じ県内という事もあって何かとつるんで悪だくみをしている。今回彼は牡蠣養殖店のプロモートを任されており、その一環として試しに「1カゴ」買ってみよう、という事になったのであった。これからのイベントで使用もしてみたい。40kgの牡蠣をみんなでワイワイ焼いたら楽しいじゃないか。

 宮城県某所。大震災の被害を一番まともに喰らった街である。仲間を沢山亡くしている人も多い。ここの人達はある意味皆生き延びた「勇者」達なのだ。なので強い。とても強い。あの惨状から復興して何とか商売を立ち直らせ、多額の借金を抱えながら元気に笑っている。

 

勇者の一人が経営する牡蠣養殖店に案内され、海から上げて濾過海水に漬け、洗浄と雑菌処理をした牡蠣を見せてもらう。

その場で剥いてもらった牡蠣の旨いこと。皆で顔を見合わせて笑うしかない。新鮮で清澄な塩の香りが口いっぱいに広がり、ぷるつる(ぷるぷるとつるつるの合成語)の牡蠣が喉を滑り落ちていく。牡蠣独特の臭みなど微塵もなく、純粋な旨味だけが口内に残る。何個でも食べられそうだ。

 

それもそのはず、実はここの牡蠣は一流のブランド牡蠣なのである。今回は個人売買なのでそのブランド名は使えないのだが、この牡蠣たちは森の栄養がたっぷり流れ込んでいる特別な漁場で育ち、普通出荷まで2〜3年かかる成長をわずか1年で遂げたエリート牡蠣なのである。牡蠣は2〜3年成長させると独特の匂いがきつくなってくる。「それが旨い」という人も居るだろうが、牡蠣が苦手な人はこの匂いが駄目な場合が多い。しかしここの牡蠣は1年で出荷する為牡蠣独特の臭みが殆どなく、清澄な旨味だけが残る。私も牡蠣好きの一人だが、普通の殻付き牡蠣は3個も食べればもう充分だ。しかし、ここの牡蠣は7〜8個位ペロリと食べられた。新鮮で美味しいものの特徴として、「腹に溜まらない」という事があるが正にそれである。

 

「若だんな、それだけじゃないですよ。ここの『塩抜き』の加減が絶妙なんです。」と若なかまの一人が言う。

牡蠣は水揚げされると一定時間濾過海水に漬けられる。この時間が長すぎると牡蠣の中に違う塩分濃度の水が侵入し、水膨れの様になって風味が損なわれてしまう。短すぎれば洗浄効果が無い。この牡蠣店はそのポイントの見極めが的確で、絶妙の塩加減で出荷できると言う。確かに、生で食べても加熱しても、味の調整は一切必要無かった。たまに「塩辛い牡蠣」と言うものがあり、その塩抜きはなかなか大変なのだがここの牡蠣は塩抜きも味付けも不要の様だ。

 

 バケットを一つ選び、購入を決定する。このままでは持ち帰れないので、途中のホームセンターで購入した「トロ箱」と呼ばれる発泡スチロール箱の特大サイズに移す。磯の匂いがきつい。

2〜3個の牡蠣がピッタリくっついたまま成長したものが多い事を知った。単独で育った型のいい牡蠣は少なく、高価になるのも頷ける。おまけで引っ付いてくるムール貝が嬉しい。私も妻も大好物である。

「私らにとっては害獣ですがね!」と社長は言う。牡蠣の食料である植物プランクトンを横取りしてしまうらしい。

 

さて、「私に関わると、ろくな事が無い」と言われている。物だろうが人だろうが何でも「本来の使用目的」とはかけ離れた使い方をされてしまうのだ。(一番の被害者が妻である。)「悟った本人は台風の目の様に静かな場所にいるが、周囲の人間は大風に巻き込まれる」という。いや、私は別に悟ってなどいないが。

我がアルトワークス君も、ライトウェイトスポーツでありながらルーフキャリアに大型トランクを2個積まれたり、こんな磯臭い海産物を後部座席一杯に積まれるとは思っていなかったろう。特大「トロ箱」4個、ちょうど1個が10kgである。

帰宅すると大仕事が待っている。

狭いキッチンに大きなトロ箱を「でん!」と置き、シンク上はもちろん床の上まで牡蠣やらボウルやら泥やらフジツボやらで一杯である。幸いな事に妻は体調不良でお布団の中でお休みになられており、この惨状を目撃される事は無かった。見つかったら大噴火は避けられない。命拾いをした。

地元のホームセンターには「漁具コーナー」というプロの漁師向けの一角があり、そこでプロ用の牡蠣ナイフを購入していた。これが大変優れもので、狙った場所にピンポイントで歯が届き、力も入れやすい。ウチにあった100円ナイフを使っていたらえらい目にあっていた所だった。

まずは生牡蠣であるが、今の季節は貝毒の危険が多分にあるので「業界の人」以外は食べてはいけない・・・という事になっている(もちろん業界の人もダメという事になっている)。なので皆様は真似をしてはいけない。貝毒は怖く、当たった人は一生のトラウマになり牡蠣が食べられなくなる人もいる位だ。私は自己責任で頂いた。と言っておくのが大人の事情である。

写真を見て「何じゃこりゃ?」と思った方もいるだろうが、これはスコッチウィスキーの聖地アイラ島では島民全員が知っている食べ方であり、現地の警官も仕事の合間にこうやって牡蠣を食べているという(未検証です)。数あるアイラモルトの中でも、海の目の前で醸造され、海の香りのするピート(泥炭)で燻されたとびきりピーティ(スモークの香りが強い)な「ボウモア」というウィスキーが地元では「生牡蠣専用モルト」として認められている。これを正に「ドバドバと」、殻から溢れ出て皿に溜まる位「ぶっかけて」戴くのが正当な食べ方とされている。ちなみにお高いウィスキーである。

これを初めて試した時、そのあまりの旨さに大笑いしたものだ。今回の淡白な牡蠣でも十二分に美味しいのだが、これは逆にやや牡蠣の臭みがあった方がウィスキーのモルト香と調和して美味しい。4個食べた時点で「これは飛ぶな」と思い止めたが、この牡蠣だったら10個位いけそうである。危ない、あぶない。

 

さてお次は生産者に直接教わった食べ方を試してみる。

見ての通り、牡蠣及びそれに引っ付いてきたムール貝を皿に入れて水を差し、レンジで4分程加熱するだけのシンプルな蒸し焼きである。

これが絶品であった。

熱によって牡蠣やムール貝の旨味が倍増し、蒸し焼きにする事によってその旨味を一切外に逃がさない。旨味旨味と旨味ばかり言っているが正に旨味の一網打尽である(意味不明)。うーん、「幸せになりたければ旨いものを食べるのが一番近道である」という私の確信がまた証明されてしまった。こう書いているうちにまた食べたくなってきた。

今回購入した牡蠣はグロス40kg、内訳は牡蠣大50個、中200個、小80個、ムール貝300個であった。金額は秘密(ふふふ・・)。

約3日間、「小腹が空いたら牡蠣・ムール」の生活を続け、ご近所や知り合い、親戚に牡蠣を配りまくり、それでも何個かは口が開いて食べきれなかった。流石に40kgを個人で裁くのは限界がある。

牡蠣の季節は「rの付く月」とされている。もうすぐAprilも終わってMayに入ってしまうので、私と「牡蠣パーティ」をやりたい人は早いうちに手を上げて下さい。お安くしときまっせ〜。