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草競馬流浪記 山口瞳 (oo-kami)

日曜日の午後、つけっぱなしのテレビにがっしりとした馬が映っていました。先頭を駆け抜けたその馬は、ミスターシービーと呼ばれていました。競馬というものに目を奪われた、それが最初でした。

高校の日本史の先生は嬉しそうに競馬の話をする人でした。歴史とともに競馬の知識を得た生徒たちは、G1レースの前になると予想を聞きたがり週が明けると解説をせがんだものです。こっそり馬券を買いに行った男子生徒もいたようです。

大学生のとき友達に誘われて競馬場へ行きました。その広さと人混みと馬の足音。馬券を買いました。新聞の読み方も教わって、一人でも行けるようになりました。

 

まったく影のない博打というものは、ないと思います。私は競馬場で使うお金は、遊園地で遊ぶ金額くらいに留めるよう気をつけています。無理なく楽しむためです。それでも一日中カラッとした気持ちでい続ける週末は、ないように思います。博打をするときは、ちょっとは荒むのです。そういう荒んだ自分も、いとおしいものです。荒みながら夢を見ることもあります。ぼんやりと遠くを見たりします。

 

今はネットでも馬券を買えますが、私は競馬場へ行きたい。場外馬券売場でもいい。家から離れて別世界に身を置きたい。

そう思うのは、競馬に出会ってからずっとバイブルのようにこの本を読んでいるからでしょう。どこまでも優しい、筋金入りのギャンブラーの、旅の話です。