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近所のアンチャン

こんなアンチャン、近所にいたらオモチロイ。

毎日毎日、遊ぶのに忙しい。時間がいくらあっても足りない。

 

午前3時頃、目が覚めると同時に飛び起きて顔を洗う。

昨日遊んだ写真を整理して、記事を1本書く。

お茶や居合の稽古をして遊ぶ。

ぬか漬けでPickles Arrangement。

若なかまとZoomおしゃべりと瞑想会

FarmOffice「いけがき」で畑仕事&近所の人と井戸端会議。

楽器をいじったり手紙を出したり。

Alto Worksで爆音シフトダウン暴走&爆音重低音音楽鑑賞。

若なかまの誰かと悪巧み

夜は若おかみと定期宴会&ボケとツッコミの研究会

毎日が日曜日である。

 

私の理想像は、「近所にいるおもろいアンチャン」である。

小さい頃は、そういうアンチャンが大勢いて、釣りやラジコンなどを教えてくれたものだ。

私は、大人達にとってのそういう「アンチャン」になりたいと思っている。その為にせっせと「遊び」のスキルを高めている所である。

お陰様で最近は、大人達がキラキラした目で私を見るようになってきた。理想の「アンチャン」までもう一歩である。

 

会社から解放されて、毎日が日曜日になったら、やる事全てが「遊び」だと気付いた。

「遊び」とは何か?

その定義の一つは、「強制されていない行為」という事だろう。だとすれば私がやっている事はほぼ全て遊びである。「仕事」はたまに市役所に行く事位だ。このHPの作成についても、誰にも強制されていないし、全て好きなようにやっている。

 

この様に書くと、誰もが必ず同じ疑問を持つ。

「お金はどうしてるの?」

毎月毎月、スリル満点の「金策サーフィン」を繰り返しているが、若なかま達のお陰で何とかギリギリ荒波を乗り切っている状況である。会社人に戻る気はサラサラ無い。30年間勤めて、向いていない事が骨の髄まで分かっている。あの日本独特の、不思議な同調圧力の世界に生きている人々には関心する。自分には無理だ。

 

ワクワクしないことは、しない。」ホームのこのキャッチコピーは、HP制作打ち合わせの時に咄嗟に思いついたものだが、変える気が起きない位気に入っている。この通りに生きているし、生きて行こうと思っている。

 

人は働く為に生まれたのではない。遊ぶ為に生まれたのだ。

だが、社会という「共通幻想維持装置」に騙されている殆どの人がそれに気付くのは死の床においてである。幸いにも、活力のあるうちに「死の体験」をした者だけがそれに気づき、人生のベクトルを「遊び」の方へ向ける。死を思えば周囲の反感や嫉妬など、ただ下らない。「死んだらお別れ」の人の言葉など、相手にするまでもない。

実際、「死の体験」をした後の生き方は変わらざるを得ない。死の瞬間、たった一人になった時に大切なもの、それが真に大切なものだ。社会など幻想に過ぎない。

 

こう書くと、孤独の趣味に没頭することを推奨しているみたいだが、実際は逆である。

人が「死」を突きつけられた時に発動する内的器官は、「ハート」である。今までの人生で、その人のハートが最大限に活動していれば悔いの無い死を迎えられる。

 

「生きているうちに、もっとハートが高鳴る事をすれば良かった」

人が死ぬ瞬間の後悔の証言を纏めた本があるが、その内容を要約すればこの一言に尽きる。人間の本質はハートなのだ。

 

ハートが一番喜ぶもの。それは他のハートと繋がる事である。

「他のハートと繋がる」という、人間最大の喜びを味わいたいという欲望は、簡単に「愛」と呼ばれている。愛は欲望の反対物ではない。それは人間最大の欲望なのだ。

この欲望を叶える事が全ての人の人生の目的であることは、すでにDNAレベルで決まっている。DNAに反した生き方をして幸せになどなれる訳が無いが、何故かこの一番重要な知識は隠されている。

きっとそれを知られると都合の悪い金持ちが大勢いるからだろう。

 

私は物理的に死の淵まで行った事は殆ど無いが、主体的に死へ憧れた経験は無数にある。また、瞑想を始めてからは、それが「死の練習」である事に気付き、「死ぬ瞬間の意識」状態を毎日経験している。

 

あの世に預金通帳は持っていけない。死の床でそれに気付いても遅いのだ。

お金は持っていけないが、自分のハートと人のハートの間に掛かった「橋」は持っていける。それは死後も橋としてあり続け、その人を励まし、救うのである。

 

スティーブ・ジョブズの最期の言葉でも、金や地位を求めて生きる愚かさを訴えている。

彼は言う、

「私が勝ち得た富は、(私が死ぬ時に)一緒に持っていけるものではない。

私が持っていける物は、愛情にあふれた思い出だけだ。    

これこそが本当の豊かさであり、あなたとずっと一緒にいてくれるもの、

あなたに力をあたえてくれるもの、あなたの道を照らしてくれるものだ。」 

 

私は若なかまを通じて、沢山の「橋」を持っている。あの世に持っていける財産だ。この世では今の所貧乏だが、あの世ではまあまあの金持ちである。特に怖いものも無い。

この「橋」を作るには自分だけが頑張っても駄目で、相手に迷惑をかけつつ、自分はそれ以上に頑張るのがコツである。

 

なのでこれからも若なかまには沢山の迷惑をかけるつもりですので、どうか諦めて下さい。