地上天国への工程表1 概要

近い場所から遠い場所へ。

全体工程

1.社会で苦闘する

2.自分を幸せにする

3.家族を幸せにする

4.ご近所を幸せにする

5.友達を作り、幸せにする

6.友達を増やしていく

 

全体工程 各工程の解説

1.社会で苦闘する

最終目標「地上天国の拡大」という目的の為に必須と思われる。この工程を踏んでおかないと、解脱したとしても特殊な探求者達にしか働きかけが出来ない人間になってしまい、地上天国が拡大しない可能性がある。

 

「自分だけの救い・解放・解脱」のみが目標の場合はこの工程は必要ないが、「自分の解放」の後には必ず「他者への慈悲」が発生する事をあらかじめ知っておくべきである。結局はこの第1工程を踏んでおいた方が後々の為になる事を知る羽目になる。

社会で様々な種類の苦闘をする事により、様々な他者への理解が進み、地上天国を作る段階になった時にあらゆる種類の人間に深く働きかける事が出来る様になる。

 

早々に社会をドロップアウトして探求の道に進んだ者は、解脱を得る為の人間的強靭さを得る機会を逃す事が多く、返って解脱から遠くなる場合が少なくない。人間的に弱いままで探求しても、脚力が弱いので大きな山は越えられない場合が多い。もし彼または彼女が解脱したとしても、働きかけられる人間は彼同様の探求者達に限られており、幅広い人間への働きかけには限界があると思われる。

 

2.自分を幸せにする

1の工程と並行して、自己の解放の為に自己に働きかける事が求められるが、社会における苦闘の中での解放は極めて困難と思われる。現実的には、内面探求はそこそこにして、社会において苦闘し、努力し、社会的能力を向上させて金銭を稼ぐ事を先行させた方が返って解脱が早くなる場合が多い。現実に金銭を稼ぐ事で探求に必要な実現力と強さを得る事が出来る。

グルジェフも、「現実社会において弱い者は内面探求のワークにおいても弱い」「精神的探求はオヴィヴァチェリ(現実社会に出て生活している市民)より低い段階から始める事は出来ない(市民生活を経験する事なく精神的探求のみをする事は出来ない)」と言っている。

またインドの人生観の「四住期」においても、「学生期」「家住期」と一般的な社会生活を経験した後に、「林住期」において内面探求生活に入り、最後の「遊行期」にて結果を出すべきとされている。人は「家住期」においてこの地球に生まれた事の意味を少しずつ理解していき、それにより「林住期」の探求がより深まっていく事になる。

 

社会において実力を付けて金銭を稼ぎ、1〜2年分の生活費を蓄えたらある程度社会をドロップアウトし、内面探求により自己の幸せを獲得する事に専念する。この場合は彼または彼女は現実社会の苦闘により強靭な精神力と物事を成し遂げる実行力を備えており、早い段階での解脱が期待できる。

ドロップアウトする前には、「ドロップアウトして自己探求をしても周囲の激しい抵抗や他人の大きな犠牲を払わないで済む環境」を作っておかなければならない。少なくとも家族は味方でなければならない。この難しい課題をクリアできる能力がなければ、地上天国を作る事は夢のまた夢となろう。

 

ドロップアウト後の内面探求の基本は瞑想や祈り、愛や遊びとなろうが、特に「祈り」の道を行く者は特定の宗教の盲信に走らない様に注意が必要である。この場合も、社会的鍛錬を積んで俯瞰的な視点と人間を見る目を獲得し、幅広い人間との付き合いを経験していないと、特定の宗教機関の「いいカモ」になって終わってしまう危険性がある。

 

内面探求の方法については、過去はあまり一般人の知性が発達していなかったので愛や祈りが有効であったが、知性が発達しハートが退化している現代人に一番適している道は瞑想と思われる。瞑想により自己の本体を認識する事は通常「悟り」と呼ばれ、最終目的とされているが、それは一般の人々を覚醒に誘う為の方便であり、実際は悟りを開いた後の行動の方が重要となる。悟りは最初のステップに過ぎない。

 

「悟り」というと崇高な何物かを思い浮かべるが、その観念は一旦捨てて、単純に以下を基準にして判断すれば良い。

①意識が常に「今」にあること。過去を振り返って感情を動かしたり、未来に期待や恐怖を抱いたりしていないこと。

②①の結果として、常に「静かな幸せ」の状態にあること。

この状態にあればもう「悟っている」として、速やかに次の段階に移っていく。

 

瞑想により自己の本体を認識したら、それを定着させる作業が必要となる。これは禅においては「悟後の修行」と呼ばれ重視されている。この時期の探求者は繊細な状態になっているので、社会からある程度保護されなければならない。この為にもドロップアウトは必要と思われる。

認識が定着すれば、他人と関わっても「静かな幸せ」は壊される事がなく、社会において活動が出来る様になる。

 

 

3.家族を幸せにする

 

自己の本体の認識が定着したら、人間関係を構築していく作業に入る。社会生活の全ては人間関係から始まり、その基本は自分がどういう人間かという事である。今や貴方は以前の貴方ではなく、これから同じ人に対しても新しい人間関係を築いていく事となる。

 

その最初の人間が家族である。

以前と違った客観的な視点から関係を再構築していく。ここを通過しないで対外活動に入っても砂の上に家を建てる様なものである。外で良い関係を築いても家に帰れば外で得た良い波動は打ち消され、また1からやり直しの日々になるので全くの無意味となる。

今や貴方の自我は最小限に抑えられており、以前あった家族との衝突の大半は成立しなくなっている。しかしそれに家族が気づくまで、ある程度の時間が必要となる。貴方が心がける事は自己の内の「静かな幸せ」を保ちつつ家族と接する事である。自己の内にあるものが何であれそれはいずれ伝わる。あとは時間の問題である。忍耐強くあること。

 

家族との関係がハートからの本物となった時、貴方は一人ではなく、どこに行っても家族と共にある様になる。これにより社会活動において非常な強さを得る事になるだろう。

 

4.ご近所を幸せにする

 

「ご近所付き合い」が出来る環境に住む事を強くお勧めする。「ご近所付き合い」から多くの精神的・物質的満足を得て、活動の原動力とする事が可能である。良質のご近所付き合いを望むのならば、現在「シャッター街」となりつつある郊外の古い地方都市等が最適である。

過疎高齢化が進んでいるこれらの都市が脚光を浴びる事は少ないが、ご近所付き合いの重要なメンバーは高齢者たちである。彼らには時間的縛りが少なく、多くの時間をご近所付き合いに割けるというメリットと、長年の人生経験から「結局はハートを開く事が全て」という事を身に染みて分かっている人間が多いという事である。

 

一般的に「ご近所付き合い」というと「煩わしい」「気を遣う」「陰険なもの」というイメージもあるが、ご近所付き合いの質はその人の持つエゴの大きさで決まる。

自分の目に映る全ては自分を表す鏡である。エゴが大きければご近所付き合いに限らず人間関係の全てにおいて上手くいかない。エゴの性質は自利他害だからである。

昔は「近所付き合いの出来ない人間は仕事も出来ない」と言われ、ご近所付き合いを大切にしたものだ。良い近所付き合いとはどういうものかを知りたければ、古典落語を聞くか映画「男は辛いよ」を見る事をお勧めする。

 

ご近所の人間は選べないので、これは自分にとってのチャレンジにもなる。「どれだけエゴを殺して、相手を思えるか」のゲームと捉えても良い。ここにおいても、「社会における苦闘」の経験が役に立つ。

同類のコロニーに閉じこもって仲間同士で達観し合っても世界は良くならない。市井に降りて自分のハートを分け与える事がこれからの時代において重要である。

 

エゴが少なければ「ご近所付き合い」は天国となる。「与える相手」が沢山出来るからだ。

「ご近所付き合い」が上手く行けば、近所全体が我が家となり、近所の人々が自分の身内となる。

昔から田舎に住み、馴染んでいる人々の顔を見た事があるだろうか? 大抵はとても安心し、ハートが開いた顔をしている。被災し県外生活を余儀なくされている人々の中で、「また故郷に戻りたい」というのは大抵老人である。彼らは「ご近所付き合い」が自分のハートを大きく開く事を知っている世代であり、また戻ってハートを広げたいと願っているのだ。

良い「ご近所付き合い」が出来れば、そこに住んでいるだけで自分のハートが広がっていき、一般的な言葉で言えばどんどん「器が大きく」なっていくのである。

 

また、ご近所付き合いで得られる物質的・精神的メリットも大きい。

「おすそわけ」はご近所付き合いの最大の楽しみである。もらうよりむしろあげる方がハートの拡大につながり楽しいものだ。

思わぬ季節の食材や手料理などを貰い、食卓が賑わう事も多い。自分だけの発想では思いも寄らない可能性が開けるのがご近所付き合いのメリットである。

子供が居る家庭では、子供の社会性を高める絶好の機会が増大する。デジタル技術の進歩により孤独化が進む現代において、子供の頃から様々な年代の人と接触する事は後に社会において大きなアドバンテージになる。また、子供たちを近所全員で見守ってくれる事になるので親の安心感も大きくなる。

 

情報的メリットも大きい。

近所の古参の人からの「本物の地元情報」を知っているのといないのとではその土地への根付き方が格段に違ってくる。

 

どれだけ良い「家族」でも、そのコロニーの中だけの付き合いは限界がある。ここに「ご近所」という要素が加わると、家族生活の次元が上昇し、家庭はコロニーとしてだけでなく人々をつなぐハブとしての働きも持つ様になる。様々な彩りが家庭生活に加えられ、以前とは比べ物にならない程豊かな日常生活を楽しめる様になる。

 

「過疎化が進む地方都市での、ポジティブなご近所付き合い」はこれからの生き方の最先端になるだろう。

 

5.友達を作り、幸せにする

 

ドロップアウトの利点の一つは、「ハートが伴わない人間関係を断ち切る自由を得る」という事である。今や貴方は組織に所属している訳でもなく、経済的に誰かに依存している訳でもない。

それまでの付き合いのうち、上辺だけだったものは自然と無くなっていくだろう。ある意味、ドロップアウトはそれまでの関係が本物だったかどうかの試金石にもなる。自分は心からの付き合いをしていたつもりでも、ドロップアウトした途端に連絡が無くなる相手も出てくるだろう。それは相手にとって貴方は上辺だけの付き合いの人だったという事である。これは人間に関する大きな「学び」ともなる。

 

こうして身が軽くなり「人付き合いからの自由」を得たら、今度は「付き合う人を選ぶ自由」を満喫してみる。自分のハートが惹かれる人とだけ付き合えば良い。

 

ここでもやはり「社会での苦闘」の経験は役に立つ。付き合える人間の幅が大きく広がるのである。貴方は様々な人々と同じ視点を持っており、さらにそれを超えた大きなビジョンを持っている。

「大きなビジョン」だけでは人は動かない。絵に描いた餅を眺めて「へー?」と言うだけである。

そこで彼らの視点を知っていれば、彼らにとって「何が重要か」が分かり、そこから話を始める事ができる。まず彼らの関心を大きく引く事ができるのである。そうなれば「大きなビジョン」は「絵に描いた餅」ではなくなり、彼らにとって重要な事の延長上にあるものとなる。

 

基本的には、自分のハートに触れて「付き合いたい」と思う人間に出会ったら、その人の為にしてやれる事は全てしてあげる事である。ただしお節介にはならない様に遠くからやる事、心から楽しんでそれをやる事が大切である。「何かを得たい」と思ってする行動は必ずある種の「いやらしさ」を伴い、相手もそれを察知する。ここでも結局は自分の内面が試される事になる。

 

貴方は見返りを求めていないが、自然の法則に従って結果的に色々な見返りを得るだろう。その見返りで満足する事なく、それをさらに発展させる方向へ持っていく事が次へと繋がっていく。

 

6.友達を増やしていく

これは項目5を実行していれば自然にそうなっていくであろう。

しかし肝心な事はいつも自分の内面にある。活動が大きくなっても内面の「静かな幸せ」を失えば結果は残酷なものになるだろう。

しかしそれさえ失わなければ「内なる導き手」にただ従っていれば良い。

貴方の周りは勝手に「地上天国」になっていくだろう。