Farmの前は、現実テレビ。
「薔薇にだけは手を出すまい」と思っていた。
「だーってぇ、なんだかぁ、『いかにもー』で『ありがちー』で『自己陶酔丸出しー?』 みたいなー?」
と昔のJK言葉で思っていたのだが・・・
近所のHSで、「この娘」を一目見て惚れてしまったのだ。
¥4,980と言う、私がいつも苗に使う値段の20倍というとんでもない価格、しかも今は各種支払いの連続攻撃で財布にかかる重力値は限りなく0に近い。諭吉さんがいらっしゃらないという悲惨な状態である。
だが、何だか良く分からない強力な力に導かれて、気がつくと彼女をレジまでエスコートしていたのであった。これでわずかばかりの英世も無くなった。どうかしている。
薔薇の名前は、「禅ローズ」シリーズの「乙女心」という。まさに恋に落ちた乙女の様に後先考えずに家を出てしまった(意味不明)。カアちゃんに怒られる(毎日の事だが)。
この「禅ローズ」というのは和の価値観に根ざした新たなバラのシリーズで、日本で精力的に活躍している育苗家達が己の美意識を注ぎ込んで作り出した新たな「和の薔薇」の世界である。今までの薔薇の価値観を覆す、その繊細で気品のある美しさにすっかり惚れ込んでしまった。
そして、私と同様に惚れ込んだ人が日本中に大勢居るらしく、私がその存在を知った時には殆どの苗が売り切れていた。

「やばい!」と思う。その意味は二つある。
一つは、「早く買わないともう手に入らない!」というヤバさである。
そしてもう一つは、「このままではすっかり薔薇にハマってしまう!カアちゃんに怒られる!」というヤバさである。そしてこちらの方が何倍もヤバい。
しかしわたくしは(何故か一人称が変わっているが)、この「オンディーナ」の何とも言えない「寂び(さび)」のある神秘的な青紫に取り憑かれてしまい、気がつくと1966年創業の薔薇専門店に己の住所を教えてしまっていたのである。しかもこの店では2株買うと送料無料となる。当然の様にもう一株、「ベビーハンズ」という何とも愛らしい子を注文していたのであった。

「乙女心」に始まり、「水の妖精(オンディーヌ)」と来て、最後は「赤ちゃんの手」である。
来る所まで来てしまった。
もう、戻れない。
カアちゃん見逃してね。
この様にして、わがFarm Officeはもう乙女乙女した薔薇園と化しつつある。
こんな「乙女の園」に50過ぎたオッサンが鎮座している姿を見せられる通行人たちは、自分の脳内印象が白黒デカルコマニーになってその後の歩行に支障を来たす羽目になるのではないか。今のうちに監視カメラを設置して、身の潔白の証明材料を作っておいた方がいいかも知れない。
さて、その「オッサンの席」からの眺めだが、これはある意味最高である。
Farm Officeの草花達は、この位置が眺めのベストポジションになる様に配置されており、色も形も様々な直物たちをここから眺めるのは至福である。
また、これがこの場所の最大の特徴なのだが、ここは国道45号線に直結する2車線の道路に面しており、結構交通量も多く、駅への通勤路にもなっていて人通りも多い。
道行く人の大半は奥に鎮座するオッサンの存在に気づかないで通り過ぎて行くが、たまにこちらに気づいて会釈したり声を掛けて来たりする人も結構いる。ここは「ご近所井戸端会議場」にもなっているのだ。その為のベンチも用意している。
私はここで「ご近所付き合い」の素晴らしさを教えられ、今も「ご近所付き合い」から沢山の物理的・精神的恩恵を受けてスクスクと育っているのである。近所のじいちゃんばあちゃんの顔は大体覚えてしまった。
何故か皆近くの自販機で缶コーヒーを買ってくれるので、去年の一時期、ウチの冷蔵庫は缶コーヒーだらけになったものだ。今年は是非ともお茶でお願いしたいと思う。
・・・とバカな事を言っていると、目の前に大型トラックが駐車して、人がゾロゾロと降りてどこかへ消えて行った。ぽつんと一人残った人は、何かの連絡を待っている様だ。
トラックのアゴの付け根(アゴってどこや?)あたりに「PCB」と書いてある。
「PCB!!」
私の脳裏に、「小倉の悪夢」が蘇る。
今から20年程前、私は仕事で「北九州PCB処理施設」の処理装置設置に関わった事がある。
国内初の施設という事もあり、工事は難航に次ぐ難航で、ある業者は「北九州PC」と聞いただけで、「B」を聞く前に電話を切ってしまった、という伝説の悪工事である。
私もこの仕事で人生初の「5徹」を経験し、徹夜3日目から「死にたくない回路」のスイッチがONになりエネルギーが際限なく溢れ出す事、5日目の朝になると一桁の足し算も出来なくなる事などを学んだのである。浜松の製作工場に四国の業者を呼びつけて(全国でその業者しか手が空いていなかったのだ)来た日にいきなり徹夜をさせるという血も涙も無い事をやらざるを得ない程の日程の無さであった。
職人頭に、低い声と涙目で「どこまで、やれば、いいんですか?」と言われた事は今だに忘れられない。
その位PCBとはご縁があってしまったので、これは看過出来ない状況である。訪ねずにはいられなかった。
「これって、PCB専用の回収トラックですか?」
「連絡待ちっぽい人」に声を掛ける。
「はい、そうですよ。」良かった。いい人そうだ。
「今も結構PCBって残ってるんですか?」
「まだまだ回収し切れて無いですね。大きな処理施設は日本に2箇所しか無いので、高濃度のPCBは大抵保管されて処理待ちです。」
「ああ、工場の片隅に良くある『PCB保管施設』ってやつですね。」
「関東あたりから北は北海道の処理施設に持って行きますね。」北九州の後に北海道にも処理施設が出来ていたのは知らなかった。
もう1箇所の北九州の工場の設備に携わった事を教えて、訪ねずにはいられなかった旨を告げると、快く色々と教えてくれた。
こういう偶然があるから、ここFarm Officeは最高である。
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