· 

聖地の証明?

GWの「亜凛塩竈竜宮茶会」にて、亜凛さんが我がFarm Officeに来た時に、「ここは『セイチ』ですね。」と言われて驚いた。

 

「整地?」確かにしている。

「精緻?」まあ、狭い畑だから自然に手入れは行き届いている。

だが、文脈からしてこの語はありえない。やはり「聖地」と言っているんだろう。

 

まあ確かに、ここに居るのはとても気持ち良く、いつも午前中はここでボーッとしている。

普通だったらこういう場所を持っていたとしても、それは郊外の別荘とか高原の避暑地とかで移動が大変であろうが、ここはマンションからわずか徒歩15歩の優良物件であり、眼鏡を忘れても3分で戻ってこれるのである。

 

それにしても「聖地」は言い過ぎだろう、と思っていたらさらに

「『ケッカイ』が張られてますね」とも言う。

 

「決壊?」「血塊?」・・・ない。

「結界」なんて、漫画や映画ではお馴染みだが現実にも存在するんだろうか?

確かに「手癖の悪い」人が多いここ塩竈にあって、こんなに「物が盗まれない」場所も珍しいが、手癖の悪い人がここに入ろうとした途端に動けなくなるとでも言うのであろうか。

 

などと思っていたら、最近になって気がついた事があった。

ここには、「醜いもの、不快なもの」が来なくて、「美しいもの、心地よいもの」が集まるのである。

 

雑草は殆ど生えないが、クローバーは順調に育っている。しかもその群生の仕方がまるで庭師が庭石を配置した様な絶妙さである。

嫌な害虫も見た事がないが、美しいアゲハ蝶やかわいい熊ん蜂は良く来る。花から花へ飛び移るその映像を撮影してピアノソロでも付けたら、地方ニュースと天気予報の間の10秒にピッタリだろう。

 

うーん。

確かにこの周囲には何らかの選択透過性を持った空間が存在しており、「美しいもの、心地よいもの」だけをここに入れる様なナニモノかが働いているのであろうか?

 

そんな事を何となく思っていたら、先日その決定的とも思える分かり易い証拠?を発見したのである。

この畑は聖地、じゃなかった整地前は雑草群生地であり、その主役の一つがカラスノエンドウであった。美しい花と美味しい実が成るので一部はそのまま残しているのだが、その中の一本がフェンスから外にはみ出していた。

そしたらその「結界を出た」カラスノエンドウの穂先部分に、見るからに「ぞぞ気(名古屋弁らしい)」がするアブラムシたちが群生していたのである。

 

ちなみに「結界の中」のカラスノエンドウ達には、かわいい蟻が数匹散歩している位で、アブラムシは一匹たりとも付いていない。

 

また、このフェンスの反対側にある敷地境界のブロックの外、つまり「結界の外」にある蔓草にも大量のアブラムシが発生している。

アブラムシだってゲジゲジだって生きているんだ友達なんだ彼らに何の罪もない事は分かっているのだが、生理現象として不快感が起きるのはどうしようもない。実際、植物にとって彼らは害虫なのだ。

 

私が最も信頼している感覚は「美醜」であり、「美しさ」を基準に生きていれば間違いないと思っている。

「美しさ」とは、人間の中心核、魂であるハートから発する道案内であり、「醜さ」とはハートが発する警告でもある。ハートがイエスと言うこと、それが「美しい」ということであり、それに従うと自然に幸せになるように人間は出来ている。簡単な事だ。

 

例えば、「世界一醜い女性」と言われたリジー・ベラスケスさんという「新生児早老症様症候群」という極めて稀な難病を抱えた女性がいるが、彼女は外面の醜さとは対照的に、とても美しい表情をしている。私のハートはこの人を「美しい」と言い、それを私の知性が信じる。ハートが先で知性が後だ。この順番を間違うと不幸が生まれる。

 

また脱線してしまったが、まーそーゆーことでどうも亜凛さんの言う「結界」は「ある説」が有力になって来ている。

 

ある日突然、自分がこの畑に入れなくなる日が来るかも知れない。

そうなったら鏡を見て、そこにいる自分が美しいが醜いかを見てみるつもりである。

 

さて、どうもその様な「結界」が張られているらしい我が畑だが、その原因として思い当たる節がある。

これだ。

「五行調合剤」という。もちろんどこにも売っていない。

 

若なかま」の一人に中国の「五行思想」のプロフェッショナルがいる。これは万物を「木・火・土・金・水」の5要素に分類する自然哲学で、聞いたことのある人も多いと思う。

その人はありとあらゆる薬草のプロフェッショナルでもあるのだが、彼が様々な薬草や秘伝の何たらかんたらを煮出してこの五行が完璧に調和した薬液を作り、それをどんどん「薄めて」いって、最終的にただのH2O、即ち水になったものである。

 

「それってただの水じゃん?」と思うだろうがだまれだまれ(椎名誠風)。

控えおろう、この液体はただの水などではなく、五行が完璧に調和した「波動」を持ったスゴい水で、この水を水道水に1滴入れてやれば、その波動が伝播してその水全てが「五行調整水」になるという夢のような液体なのである。

 

これを飲み水に入れるととてもまろやかな味に変わり、水道水のカルキ成分も変性して無害となる。風呂に入れると細かい泡が無数に壁面に発生し、透明な温泉のような入り心地になる。

これを花瓶に1滴入れると、途端にその花の持つオーラが広がって、漫画で言えば「パアァー」という擬音と共にその表情が明るくなり光り輝くのである。

 

そう、ウチの畑に散布される水は全てこの「五行調整水」なのである。この土地全体の「五行」が完璧に調整されているのだ。

そのせいかこの畑の植物達はとても成長が早く、花や実も大きくなる。去年は「巨大キュウリ」が何本もできて、これを瓜のように(キュウリも胡瓜と書いて瓜の一種なのだが)薄切りにして味噌汁に入れたりして重宝したものだ。

フェンス越しに話しかけてくる人たちも口々に「育てるのが上手いねえー」と言ってくれるのだが、その殆どはこの「五行調整水」のお陰である。おそらく「聖地」や「結界」にも大きく関係していると思われる。

 

この様に「若なかま」達は、各方面で日本トップクラスの人がゴロゴロいる道楽庵の宝物である。私はこの人らがいれば他の人にどう思われても全くどうでもいいのである。なのでいつもこんな大口を安心して叩いている。「まみえサイト」である道楽庵は、ネット上だけの友人など全く必要としていない。

 

話が逸れたが、まーこーゆーわけでやはりここは「聖地」であり、「結界」が張られているというウワサはあながち嘘でなくもない感じがしないでもない様なある様なという日本語の曖昧さを最大限に利用した表現で締め括りたい。