ナニハトモアレ亀喜寿司

塩竈に来る機会があったら、まず第一にここを訊ねてもらいたい。

 

カウンターの一番奥に腰掛けて、親方の仕事を見ながら寿司談義に花を咲かせ、その絶妙な「手技」でネタがどれだけ旨くなるかに驚いて欲しい。

そして、ある程度ネタが進んだところで、おもむろに「カッパ巻き」を頼んで欲しい。

その旨さに驚いて欲しい。

 

寿司とは、ただシャリの上に刺身を乗っけたものではなく、ちゃんとした「料理」なのだ。

料理人の「腕」でネタは旨くも不味くもなる。

その事を、ここの親方は教えてくれる。

自分の「腕」一つで。

 

「こんちはー。」

「あら、〇〇さんいらっしゃい。いつもの席空いてるよ。」

「あ、どうも。親方こんにちは!」

 

「どうもいらっしゃい! 今日は洋服ですか?」

 

 

 

ここに行く時は大抵和服で行くが、たまに洋服で行く事もある。

和服で店に行くと、「扱い」が格段に良くなる。店の側も、和服の夫婦が入ると店内の「景色」が良くなるのでお互いにメリットがあるのだ。

ここ「亀喜寿司」に通ってもう20年位になるだろうか。ここに日本中の友人達を連れて来たものだ。皆感動して帰っていく。

 

「今日は小樽と東京からのお客さんだよ。」

「へぇー小樽! 遠いですねぇ。この前は屋久島でしたよね。」

 

 

まずは刺身の盛り合わせだ。ここで皆親方の「腕」に驚く。

「何、このお刺身! 舌の上でホロホロとろけていくよ! おいひいい!」

 

今日はニシンの刺身である。生ニシンなどそうそう食べられるものではないが、その味は淡白で、悪く言えば「特徴のない味」である。

そのニシンに、親方秘蔵の小包丁で無数の「切れ込み」を入れていく。まるで京都の鱧(ハモ)職人である。この「切れ込み」のおかげで、ニシンと醤油が良く馴染み、二つの味のハーモニーが深くなる。さらに、この切れ込みによってとろける様な食感が生まれ、「特徴のないニシン」が「極上の逸品」に変わるのだ。

 

全て親方の「腕」である。

 

「次はコレね。日本一の赤貝だよ。」

「うわー綺麗!」

 親方がこの赤貝の紹介をする時はいつも本当に嬉しそうだ。

この赤貝は豊洲(旧築地)では「本玉」と呼ばれ、「日本一の赤貝」として有名である。

その「本玉」が、親方の腕前で更に旨味を引き出され、文字通りの「珠玉(しゅぎょく)」となる。

 

「あまーい! 美味しいー!」

 

もう客人は先ほどから「美味しい」しか出てこない。二人揃って「美味しい」の多重連射である。

 

「今日は何を握りますか?」

 

「じゃあ、皆さんには『季節盛り』を。私は『松』で。」

ここではわざと一番安い「松」の「お決まり」を注文する事が多い。お酒と刺身に予算を回したいからでもあるが、親方の「腕」があれば安いネタでも十分に美味しいからだ。そして私はここの「カッパ巻き」が大好物である。カッパは安い「お決まり」にしか入っていない。

 

「胡瓜は切り立ての香りが命なので、作り置きは絶対にしません。胡麻で風味を加えたシャリを柔らかく巻いて、胡瓜のシャキっとした食感とシャリのふわっとした食感を同時に味わって頂きます。」

 

全てが緻密に計算され尽くされており、何を食べても旨い。刺身のツマでさえ絶品である。

屋久島の友人が来た時、「このツマ旨いわ」と言って全部食べた事がある。親方も嬉しそうだった。

その友人がここのカウンターに座った時に起きた出来事がある。

 

握りが段々進んで来て、いよいよトロへ手が掛かった時の事である。

「・・・でしょ。・・・ん?・・・〇〇さん?」

突然彼が話に反応しなくなったのだ。

見ると、天を仰ぐ様な格好をして目を閉じている。まるで祈りを捧げている様なポーズである。

 

・・・中トロのあまりの旨さに、彼の全神経は味覚に集中してしまい、聴覚に行くはずの神経伝達物質が全て口腔に回されてしまったのである。

ちなみにこの人は舞踏家の藤條虫丸さんで、彼はその職業柄(?)、完全に外界を遮断して内面世界に没入するという事を得意とし、この人が熟睡していると大砲が鳴ろうが地震が来ようが絶対に起きないという特徴がある。

 

この時の虫丸さんは、完全に口腔世界の中に没入し、外界の情報は何も入ってこない状態になっていたのである。

 

亀喜寿司、恐るべし。

 

 

「デザートは何か出しますか?」

「じゃ、ムースの方で。」

 ここの「売り」は寿司だけではない。

親方が試行錯誤を重ねて研究した、珠玉のデザート類も素晴らしい。

よく頂くのがこのムース。地元塩竈の蔵、「浦霞」の最高級大吟醸である「白鳥」の酒粕で作ってある。口の中に入れるとあっという間にほろけて無くなり、爽やかな吟醸香が口内から鼻に抜けていく。

 

「ふーーぅ。」溜息が長くなる。

 

今回は「ムースの方」だったが、これと同じ酒粕で作ったアイスも絶品である。

 

 

「ご馳走様でしたー!」

「美味しかったです!」

 

もう何十回目か分からないが、最後の「美味しい」を親方に捧げて店から出る。

 

「あー、美味しかった!」

「美味しかったね!」

 

みんな笑顔だ。

 

こうして、「亀喜寿司伝説」は全国に広がっていくのである。

 

冒頭で寿司を握っているのが亀喜寿司の親方の保志晶弘さんです