ナカマとサケとセッションと 4

 

ウルトラ特等席、升酒付き。

チャーリー・パーカーというジャズミュージシャンをご存知だろうか。

彼はモダンジャズの黎明期に現れた巨人で、彼によって「即興演奏」のレベルは一気に極限まで高められてしまった。「アドリブ」の歴史は始まったと同時に彼によってピークに達し、ほぼ終わってしまったと言っても過言ではない程の「天才」である。

数多くの凄い録音が残されているが、パーカーの時代にリアルタイムで聴いていた人たちに言わせると、彼の録音は皆「他所行き」の演奏で、本当に凄いプレイは一つも録音されていないという。

その「超絶プレイ」が飛び出す場所は、決まって個人的な友人の集まりの時だった。

 

この日の南澤さんの演奏を聴いて、ふとそんな事を思い出した。

 

酒宴も酣(たけなわ)の頃、突然「シタール弾きましょうか?」と言い出した南澤さんは、ここに来て初めてシタールのケースを開けて楽器を取り出し、チューニングを始めた。

 

シタールを弾くのは中々の大事(おおごと)である。

まず弦楽器の宿命としてチューニングに時間が掛かる。しかもこのシタールという楽器の弦は20本もあるのだ。(しかし、実際に弾く弦は1〜2本。あとは共鳴弦が多い)演奏においては、シタール奏者は弦を押さえたまま指を激しく上下させて音を揺らすのだが、見るからに「指が可哀想」な程酷使している。実際、演奏できる「限界時間」があり、特に冬場などは長く引き続けると指を損傷してしまう危険が大きいと言う。

 

なので、私は北海道の長期公演の前にここで指を使わせる事は出来ないと思っていた。だから南澤さんの言葉に耳を疑ったのである。

しかも、ただ我々の為だけに弾いてくれるという。

 

「ブルース風で行きましょうかね。」

 

先程の話題でも出てきたブルースのテイストで弾いてくれると言う。楽しみだ。

 

今でこそ「音楽の公演」といえば不特定多数を集めて大きなホールでやる物になっているが、本来音楽とはこういう親しい人たちの私的な集まりの中で楽しまれてきた、その場限りの物だったと思う。南澤さんは「原点」で音楽をやろうとしているのだ。

 

この古民家に元々あったお膳に酒とつまみを乗せて、演奏者どまん前の「ウルトラ桟敷席」を拵(こしら)え、升酒を飲みながらチューニングが終わるのを待つ。なんだか「南澤関」の「タニマチ」にでもなった様な妙に特権的な気分に浸る。一言で言えば「上機嫌」である。

チューニングが終わるのと同時に本演奏が始まる。チューニングと本演奏が連続する所は「津軽三味線」に似ていて、この楽器に新たな親近感を覚える。

 

その「本演奏」の最初の数音だけで、古民家は「南澤空間」に変わってしまった。

 

シタールは、ただ一音だけでもその空間を支配する力がある。

使うのはほぼ1本の弦だけで、20本もの弦がありながら奏法は一絃琴に近い。しかしこの数多くの共鳴弦が複雑に響き合って、音に広がりと深さと神秘性を与えるのである。

 

初めは升酒をちびちびやりながらタニマチ気分で聴いていたが、演奏に熱が籠るに連れて私の方も飲むのを忘れて聴き入ってしまう。「一音だけで空間を支配」出来る音が、激しく連続して叩き出される。古民家の空間は濃密で熱気を帯びたシタールの音に完全に支配されていた。

 

・・・これだ。 私の聴きたかったものは。

 

南澤さんは、決して余計な自己主張はしない人で、それは演奏にも良く現れ、他人とセッションする時はひたすらサポート役を務めることが多い。しかし今回は伴奏者すら居ない、私も初めて聴く「本当のソロ演奏」である。

合奏の時は決して現れない、南澤靖浩の深部に存在する「熱」が溢れ出す。最高だ。

これが、たった二人の聴衆に向けて奏でられているのである。

 

なんという贅沢。

「オトコ遊び」ここに極まる。

満足、満足。

 

・・・と思っていたら、演奏が終わったら寺岸カメラがまた勝手なこと・・・じゃなかった、画期的な提案をして来た。

「おい、バーベキューやろうぜ! 俺、材料買ってくるよ。」

 

はぁ?

もう、うちら結構食べてるんですけど・・・・

どうも、寺岸さんには私の料理は「パンチ」がなかったみたいで、彼の舌がいつもの「調味料ビンビン」の味を欲していたのかもしれない。

 

(・・・ここからはフィクションであり、我々はイメージです。焚き火などする訳ないじゃないですか・・・イッシッシッ・・・。)

 

程なく火が起こされ、スーパーで購入したタレ付き輸入牛肉の匂いが夜の農村部落に立ち込める(様に我々はイメージした)。

アルコールは食欲中枢を狂わせる。こんなに食べた後でも結構食えるものだ。

人は何故か「火」を囲むと饒舌になるか無口になる。二人になると結構しんみりした話が出てきたりもする。どうも「火」は人間の深部にあった「何か」を思い起こさせる様だ。

 各々のココロの中のちょっと深い所を、炎が緩やかに浮かび上がらせる。

 

いい夜だ。

 

(以上フィクション終わり)

 

さて、翌朝早朝、私は自分の放つ強烈な匂いで目が覚めた。そう、昨日大量に食べた「ジャンボニンニク」の香りである。

昨日ほど大量のニンニクを食べた事はなかったし、今自分が放っている程の強烈なニンニク臭も嗅いだ事はない。まるでニンニクの深海に沈み込んでしまったみたいに、息を吸っても吐いても「これはニンニクである。」という「ニンニクの臨在」以外何も感じられない。

 

 

こうして、最終日の早朝セッションは二人の放つ強烈なニンニク臭の中で行われたのであった。ここに誰かが尋ねて来たとしたら、半径5m以内には近寄れなかっただろう。お互いに同じ位のニンニク臭を放っていたらしく、相手の匂いを感じなかったのは幸いであった。

 

朝食を済ませ、恒例の「桜の湯」でニンニクの呪縛を洗い流すと、私の畑「Farm Office いけがき」にて最後のお茶。

 

 何やらかんやらが盛り沢山だった「オトコ遊び」も、もうすぐ終わりである。

 

「ありがとう。じゃあまたね。」

「うん、またちょくちょく来てね。気をつけて。」

 

オトコの別れは多くを語らない。白い紙にチョンと✔️(チェックマーク)を書く位のものである。

フェリー乗り場へ向かう南澤さんの車を見送ると、畑に戻って冷たいお茶で一服する。

 

「ふーぅ。」

 

観客の居るステージでの演奏はさせられなかったが、古民家、温泉、食べ物や撮影、友人には満足してもらった様だ。空いた時間はひたすら庭の草むしりをしてもらって、寺岸さんも喜んでいた。そして笑顔で旅立って行った。ほっと胸を撫で下ろす。

 

✔️北海道ツアー前の宮城県お遊び滞在 南澤靖浩

 

私は心の中でチェックマークを付け、次はいつこんな「バカ」が揃った「オトコ遊び」が出来るかな、と考えていた。

 

今度来る時までに、もっと料理の腕を磨いておこう。

寺岸カメラにはマヨネーズを渡しておけばいいや。

おわり

 

 

おまけ:ゲリラライブ2日目

音程の合わないオカリナに四苦八苦。機材の使い方を覚えかけている所。