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それは前日から始まった

いや、正確に言うと8月初旬から始まっていた。

 

まず、私の妻の若おかみの「寝込み」が始まっていた。妻には結婚前からの持病があり、定期的に寝込んでしまう生活を20年近く続けている。一度寝込むと1〜2週間は起きられない。今回のイベントへの参加は絶望的だった。

特に毎日の料理が作れないのが痛い。私は寝込んでいる妻と何とか会話して、前日に作り置きのおかずを数品作っておいた。あとは買ってきた惣菜でお茶を濁すつもりだ。

 

さらに、今回のイベントの共同主催者の音々(ねおん)さんがあるきっかけで極度の霊障を受け、腰に激痛が走り動けなくなってしまった。 もう8月7日からの金華山ツアーまで1週間を切っている時期だった。しかも亜凛さんたちは音々さんの運転する車で塩竈まで来る予定なのだ。車の運転ほど腰に悪いものはない。

私は最悪の事態も考え、亜凛さん単独で列車で来てもらう可能性も検討していた。

 

そして、亜凛さん達が塩竈に来て前泊する予定の8月6日の朝。さらに新たなトラブルが発生した。

詳しくは省略するが、霊障に関連してある感情的トラブルが発生し、私はこのイベント事態の中止まで考えざるを得なくなった。

私は頭の中で「亜凛さん達が来れない」という想定まで済ませ、「もうイベントは走り出しているし、こうなったら何とか自分だけでも旅行を盛り上げよう」という決心までしていた。遠方からのお客様が2名、塩竈での前泊の為もうこちらに向かっているのだ。

 

さらに。

これら全てに追い討ちをかける様に、自然現象までが我々の前に立ちはだかった。

なんと、まさに明日出港セントス、の我々の前に台風が、それもご丁寧にトリプル(!)で、しかもそのうちの一つは我が宮城県に史上初の直接上陸を果たサントス(!!)の状態である(!!!)。

もうセントスもサントスもいい加減にしてくれー! これじゃあ、みんな揃った所で出港できないじゃないかぁ。

私はもう半分ヤケになって運を天に任せる事にした。というかそれ以外の何が出来よう?

 

 そしてその日の午後遅く、私は亜凛さんに「今どんな状況ですか?」とだけメールしてみる。

 

「すみません、今回は行けそうにありません。」

「車で出発してみましたが、やはり運転は無理そうです。」

 「何とか列車に乗りました。」

 

様々な可能性が頭をよぎる。私は昔からネガティブ思考が強く、いつも最悪の事態を思い浮かべてしまう癖がある。

しかし、亜凛さんからの返事はこうだった。

 

「今千葉県です。夕飯には遅れそうですからお先にどうぞ。」

 

え? 

あの感情的トラブルは? 音々さんの腰は? 宮城まで無事来れるのか?

様々な「?」が発生するが、とにかく今は最良の状況である事は理解できた。イベント中止にもならず、音々さんも運転できるらしいという事だ。さらに数十分後、亜凛さんから直接電話が掛かってきて、感情的トラブルも最良の形で解決した旨を知る。「雨降って地固まる」の例え通り、大きく感情が動いた後に本当の落ち着きが訪れる。そういう事だ。

 

最終的に遠方組が揃ったのは夜10時近くだった。音々さんはすっかり落ち着いた良い顔をしていたが、後日聞いた話によれば、道中は亜凛さんのヒーリングを受けながら必死の思いで来てくれたという。お陰でイベントは一つも中止・変更なく進めていけそうだった。

迫り来る「サントス君」さえ逸れてもらえれば・・・だが。

 

明日の目的地の金華山に関しては古くからの言い伝えがあり、「金華山は、来る人を選ぶ」と言われている。「呼ばれた人は何があっても行けるし、呼ばれなかった人は何があっても来れない」という話は、金華山関係者の間ではほぼ常識となっているという。

その夜、我が家に揃った面々も、皆「呼ばれた」人たちだった。もう、この人たちの「呼ばれている」運の強さに掛けるしかあるまい。

さらに、皆が申し合わせた様に夜9時近くに到着したのも不思議な巡り合わせだった。夕食を準備している側としては大助かりである。

 

数日前まで全く来れそうになかった亜凛さん達を初め、遠くは徳島から来て下さった方、また数日前になって突然参加が決まった関東の方など皆それぞれの事情を片付けて遠方から来て下さった方々ばかりだ。逆に、来る予定だったけれど様々な事情が重なり、直前になって急遽来れなくなった方もいた。残念ながら今回は「呼ばれなかった」と思われる。そういう人たちの分まで、今回は旅行を楽しむしかあるまい。

 

地元塩竈の老舗の魚屋の惣菜達がちゃぶ台の上に並ぶ。

この「松野鮮魚店」の焼き魚を始めとする魚介類をふんだんに使用した惣菜はどれも絶品で、塩竈の主婦達の御用達となっている。また、50年間店頭で魚を焼いている親父さんの姿は塩竈の風物詩ともなっている名物魚屋である。

 

アナゴの白焼き、しめ鯖、海鮮サラダ、煮付け、ウニご飯、自家製イカの塩辛等。

どれも「これでもか!」という位惜しげもなく魚介類が使われている。「海鮮サラダ」とは言っているがほぼカルパッチョであり、中身の殆どは新鮮な魚介類である。普通のスーパーだったらあり得ない「サラダ」だ。

 

コイツらを宮城県限定販売の「浦霞 栄冠」で流し込むと、皆の顔が一様にほぐれて来た。

この栄冠は私を始め塩竈オヤジたちのレギュラー酒で、気軽に飲めて何にでも合い、ひやでも熱燗でも常温でも、洗練された浦霞らしい味が楽しめる本醸造である。しかも安い。こういう「地元だけのお手軽銘柄」というのはある意味「蔵の良心」の現れであり、各蔵は地元に向けて質の良い酒を安い価格で提供している事が多い(愛知県の澤田酒造のカタログには載っていない「たぬき」など)。

栄冠には升が似合う。升の角に口を当てて酒を飲むと、「日本人だなぁ」という原初の記憶がハラの底から湧き上がって来るのである。

 

一通り自己紹介が終わった後、亜凛さんから音々さんの腰痛の原因について詳しい説明があり、聞き込んでしまう(これは録音され、有料ページである亜凛檎倶楽部にて公開された)。

どうやら音々さんは日本全体にも関わる様な大変なカルマを背負ってしまったらしく、一時はイベント参加が絶望的と思われた時期もあった様だ。戦争で亡くなられた方の魂の苦しみも背負ってしまったらしい。大変な苦痛というのは想像に余りある。

ここまで必死の思いでやっと到着した所だが、明日は朝からまた女川港まで約2時間の運転がある。痛みはまだまだ引いていない様子だ。

 

音々さんの腰痛。

台風8号「サントス君(勝手に名付けるな)」の存在。

 

事態は全く予断を許さない状況だが、「松野鮮魚店」の惣菜と「浦霞」の栄冠でご機嫌になった我々は、心配事などまるで忘れて眠りについたのであった。

 

キセキ1:腰痛激痛の音々さんが車の運転をして宮城県まで来てくれた。

キセキ2:当日朝の感情問題が最良の形で解決した。

つづく