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そこのけそこのけ亜凛が通る

サントス君、どこ行くの〜?

さて翌朝。

期待の(?)サントス君の行方はというと・・・

あれ?

東に大幅に逸れとるやん!(なぜ大阪弁?)サスガ亜凛さん!(と決めてかかる)

 

3ヶ月前に彼女が宮城に来る直前も地震があり、それはわが宮城県の海底のエネルギースポットである「竜宮城」が亜凛さんに気を利かせて、エネルギー抜きの準備の為にちょっと地震を起こしてその通路を開けておいた、という事らしい。亜凛さんはもう「地球が味方」の人と言ってもいいだろう。台風くらいは当然退散ですな。

 

さあ、これで一安心・・・というのはまだまだ時期尚早である。

トリプル台風の2番手、サントス君2号が南から迫っているからだ。

さて、そのサントス君2号は、結果的には宮城県に観測史上初の直接上陸を果たサントス、の本懐を遂げたのだが、それは我々が無事に塩竈に帰り着いた後の話であった。

天気図を見ると、我々が女川港にて解散した後の8日18時に、サントス君2号は遠慮がちにわが宮城県に片足を差し入れている。

 

その結果、我々が金華山に行った初日は快晴で少し汗ばむ位の陽気で美しい景色を堪能し、2日目は曇りで屋外活動が快適に行える気温、という理想的な展開になったのであった。

キセキ3:直撃予定の台風サントス君(1号)が亜凛パワーで東の空へ消えて行った。

キセキ4:その結果、初日快晴、二日目快適気温という最高の気象状況になった。

さて、亜凛パワーで右に流されたサントス君1号を尻目に、我々は快適な連絡船での船旅をつつがなく楽しむ・・・はずであった。

 だが実は、この船旅を楽しむ直前まで、我々は「つつがなくなくない?」とういう状況で、「連絡船に時間内にたどり着けるのか?ゲーム」を演じていたのである。

8月7日午前10時25分。

アルトワークスで田んぼの中をかっ飛ばす私の携帯に、寺岸カメラの不機嫌な声が飛び込んで来た。

 

「おい主催者! もうみんな集まってるぞ! 罰金だな。」

 

そう・・・

私は自ら「当日は11:00出港ですので余裕を見て10:30には船着場へ集合下さい。」と告知しておきながら、肝心の自分は10:25の時点で「船着場まで30分」というナビ子さんの表示を眺めていたのである。

しかも、私たちは地元スーパーで当日の昼食を買いつけた後に船着場へ行かねばならない。猶予はわずか数分である。

ヤバい。大失態で主催者無しか? それとも弁当無しか?

という状況である。マジヤバイっす。

 

私はたまたま車に乗り合わせたお客様2名を、恐れ多くもこき使う作戦に出た。何せコロナどころでない緊急事態である。

「プリさん、途中のスーパーで下ろしますから、予約しておいた弁当を買っておいて下さい。私はえみたんさんを船着場へ置いて来た後迎えに来ます。えみたんさんは船着場に着いたら皆に事情を説明して乗船手続きを済ませておいて下さい。」

もうどっちが客でどっちがスタッフか分からない。完全に主催者失格である。最悪、弁当を両手に抱えたプリさんと私を乗せたアルトワークスが再び港に着いた時にはわが連絡船は海の彼方、という事態も考えられる。

 

 私は同乗の二人が怖がらないギリギリの速度でGコントロールしつつ、田んぼの中の美しいくねくね道で数分でも稼ごうとアルトワークスをかっ飛ばした。こんな時こそ、硬い足回りとレカロシートが役に立つ。

道楽庵のモットーは「ワクワクしないことは、しない」だが、「ドキドキしないことは、しない」ではない。余計なドキドキは無いに越したことはない。しかし何故かいつも我々のイベントはドキドキの連続なのであった。俺のせいか。

 

さて、こんな事態になった原因は、その日の朝に遡って説明せねばなるまい。結局私の不手際なのだが。

当日朝、いつもの様に近くのホテルから亜凛さんやお客様達が朝食を食べに来る。

イベントでの塩竈宿泊者はいつでもウチでご飯を食べてもらう事にしていて、朝は皆様に「ニッポンの正しい朝ごはん」を召し上がって頂く事にしている。こういう「昔からの普通の家庭料理」に飢えている人は結構多く、「ウチのご飯」の評判はナカナカなものなのである。

 

この日もちゃぶ台には「具沢山のおかず味噌汁」を始め、ウチの名物である「若だんなのその日のぬか漬け」や、「三河式すっぱいおから」や「自家製梅干し入りひじきと大豆の煮物」や「切り干し大根ピリ辛ごま炒め」など、かっぽう着を着た「昭和のお母さん」が作りそうなメニューが並んだ。これらをおかずにした宮城の特産玄米「金のいぶき」でその日の午前中のパワーチャージは完璧であった。

※おからとひじきはイメージです。実際は若だんなが作った「微妙な失敗作」が食卓に並びました。

その完璧なパワーチャージが済んだ所ですぐ出発すれば良かったのだが、ここで私の悪い(見方によっては良い、とも言える)癖が出た。

 

私の父は農村の部落出身で、15人兄弟の12番目という「毎日がサバイバル」の幼少時代を過ごしている。何を突然言い出すかとお思いだろうがまあ聞いてタモレ。

その日常は、11人いる近所でも評判の「荒くれ兄弟」たちに囲まれての生活であり、学校に行く途中に弁当を奪われるなどは日常茶飯事だったらしい。なので、(田舎の人々にはありがちだが)父が人を歓迎するときは「とにかく食べさせる」というポリシーの元、「もうお腹いっぱい!」という人にさらに追い討ちをかけて手の平くらいの大型ボタモチを出したてきたりする油断ならない人である。

 

その血を受け継いでいる私も、とにかく歓迎する時は隙間なく食べさせないと気が済まないという癖があるのは仕方あるまい。

朝食が済んだ所で時計は9時少し前であった。昨日Googleマップ先生に聞いた所によると、ここから女川港まで高速で1時間10分。集合は10時半だから、まだ20分以上は余裕がある・・・と先生を信じたのが敗因であった。

 

前回亜凛さん達に飲ませたかったがコロナ休業で店が閉まってしまい、結局飲ませられなかったコーヒーがある。

仙台にある喫茶店「坐(ざ)カフェ」のコーヒー粋(すい)である。

詳しくは記事を見て頂きたいのだがここのコーヒーはマスターが中国の専用農場で自家生産した「コーヒーの原木」から採れた豆を使用しており、その特徴はあっさりとした中に深い滋味があり何杯飲んでも飽きないという事と、他のコーヒーを遥かに上回る薬膳効果があり体にとても良いという事である。この「粋コーヒー中毒者」は仙台を中心に宮城県全域に渡って生息しており、コーヒー豆お持ち帰りのお客が後を絶たないという状況になっている。何しろ毎日飲んでも飽きないし、体にも良いという事で「替わりが無い」コーヒーなのである。おかげでここのマスターはいつ行ってもコーヒー豆を振るいにかけてショキショキやっている。まるで妖怪「あずき研ぎ」である。

 

「美味しい〜!」

女性陣を中心に歓声が上がる。今日は上手く淹れられた様だ。

そうそう、コレを飲ませたかったのよ。

 

・・・などと眼を細めてコーヒーについて解説などしているうちに地球の自転は進んで行き、それに伴って我が家の時計の針もどんどんと進んでいったのである。後日妻に聞いた所によると、「もうとっくに出発せねばならぬのに、あいつは一体何やっとんじゃあー!」と寝床で一人もんどり打っていたらしい。

ハイ、そういう訳で全て私が悪うございました。全面的に謝ります。

私はギリギリで連絡船に飛び乗ると、寺岸カメラを始め皆に謝りまくり、コメ付きバッタと化して空いている席に収まったのであった。

つづく

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コメント: 3
  • #1

    若おかみ (土曜日, 04 9月 2021 09:16)

    皆に食べさせると言い張って赤飯を炊き、息子の結婚式に遅刻してきたのが、若だんなの父でしたな。

  • #2

    若だんな (月曜日, 06 9月 2021 03:48)

    うむ。面目ない。

  • #3

    ことみ (水曜日, 08 9月 2021 13:12)

    遅れて来た理由がようやく分かりました!
    亜凛さんが全員分の搭乗チケットを購入していて、不思議に思っていましたが、皆さんのチームワークで何とか間に合ったのですね。お手伝い出来なくて失礼しました…。
    とてもコーヒーが気になります。私も頂きたかった(*^-^*)