虫あそび1 遊びの支度

 

遊んじゃってすみません、虫さん! ありがとうございました。

「画になる人」というのは、居る。

 

居るが、滅多に会えない。それが世界レベルの人なら尚更である。

しかし、それが私たちの友人には居るのだ。世界レベルの絵になる人が居て、意欲的なプロカメラマンもいて、天気も良い。

そしたら、その人を使って色々な場面を撮りたくなるのは仕方あるまい。

だって、「画になる」んだもの。 

 

藤條虫丸(ふじえだむしまる)。

世界的な舞踏家であり、妻とは約30年、私とも約15年の付き合いだ。

「舞踏」とは暗黒舞踏とも呼ばれ、1960年頃に秋田出身の土方巽(ひじかたたつみ)らが始めた身体表現方法で、西洋のダンスとは完全に逆の価値観を持つ日本独特の芸術表現である。バレエを代表とする西洋の身体表現は「上へ上へ」と向かう「天国への憧れ」とでも言うべきものであるが、日本の舞踏はガニ股で腰を落とし、床に這いつくばり、時には死体の様に全く動かなくなる。「下へ、下へ」と向かっていく「地底への回帰」とでも言うべき「異形の美意識」が背景にある。土方巽は「舞踏とは、命がけで突っ立った死体である」と直言した。舞踏とは「死」から始まる「命の絞り出し」の表現とも言える。だから白塗りなのだ。彼らは「死体」なのである。

 

その全く違った価値観に基づく身体表現は今や「BUTOH」として本国日本よりも海外において評価が高くなっている。

虫丸さんも、コロナが蔓延する前まで毎年世界中を公演旅行していた。世界中にファンと弟子を持つ第一人者である。

 

6年前に初めて塩竈で踊って以来、数回こちらに来て公演をしてもらっている。今回は東京他での公演の合間に東北へ足を運んでくれた。丁度今、ここ塩竈市は市政80周年記念で文化芸術活動を奨励し、認められれば市のホームページ等にも掲載される事になっている。私は虫丸さんの存在によって塩竈市を世界に知らしめるべく、「シオガマとムシマル」というタイトルで企画を立て、市公認の文化芸術事業を目指すべく申請を済ませたのであった。

 

前置きが長くなったが、今回はコロナの関係もあり基本的には無観客(ただし撮影見学は無料)で、プロカメラマンによる映像作品を作りそれを一般公開する形で塩竈市と虫丸さんをアピールしようと考えた。

 

 9月11日、撮影当日。

別に9.11を狙った訳でもなく、たまたま会場が空いている日だったので予約したのだが、奇しくも舞踏とは「命がけで突っ立った死体」という事で、犠牲者の方々の鎮魂も含むと捉えてもそう遠くあるまい。(そしてそれを象徴するかの様に、屋外での舞踏の最後のシーンは偶然にも墓地の前となったのであった。)

 

舞台は塩竈市杉村惇美術館。

塩竈市の旧公民館であり、私が小学生の頃は市の図書館として使われていた建物である。ここの元体育館、現在の大講堂が撮影の舞台である。 

この美しいアーチの重層は「木片編板構造」の「逆さ懸垂曲線」と呼ばれ構造的にも貴重な建物であり、市の有形文化財にも指定されている。教会を彷彿とさせる格子状の大窓からは屋外の木々が見え、切り取られた風景が画面に奥行きを与える。

 

「この空間に、虫さんを置いてみたい」と長い間考えていた。

しかし悲しいかな我々素人がこの巨大な空間に一人の舞踏家を置いたとしても、広さを持て余して間延びした画像しか作れないであろう事は目に見えている。舞踏という、指先の微かな動きさえ大きな表現となる芸術形式においては、狭い空間の方が圧倒的に「見せ易い」のだ。

 

しかし今回は話が違う。寺岸宏一さんというフォトグラファーによる本格的なセットを組んでの撮影である。彼のその陰影に飛んだ独特の表現は根強いファンを持ち、多くのアーティスト等とも繋がっている東北では希少な人材である。彼がこの空間をどう切り取るか、というのも今回の大きな楽しみの一つであった。

 

そして彼はそれに応えた。

最初彼から「バック紙を使いたい」と聞いた時は違和感を覚えたものだ。こんないい舞台があるのに何故わざわざスタジオ用のバック紙を使うのか?

しかし出来上がった写真を見ればその効果は一目瞭然である。バック紙のお陰で「太陽光と同じ光量」の巨大ストロボの効果が遺憾無く発揮され、いつにも増して強烈な陰影が浮かび上がって来る。鬼気迫ると言ってもいい。

「任せとけ。ヤバいヤツ撮ってやるから。」と豪語していた彼だが、本当に「ヤバいヤツ」が上ってきた時には驚いた。我々素人では到底到達出来ない領域である。プロを頼んだ「甲斐」があったというものだ。

また、このバック紙ごと引いた全景も使って、通常見せない「舞台裏」までセットの一部として使うというアイディアも秀逸である。

舞踏という「非日常」と撮影セットという「日常」が交錯し、夢と現実がブレンドされた不思議な空間が現れた。

 

 さて。

 

ここから、我々の「虫あそび」が始まった。

つづく