独白

「自分の事は、他人に聞こう」というのが私のモットーだが、正月くらいは書いてもいいだろう。アクセスデータによれば、このHPを見た人のほぼ全員が、HPの内容よりも私個人に興味を持っている様が伺える。

 

さて。

 

H P開設から一年が経過した。

何という、一年だったろう。

 

去年の1月1日のHP開設が、30年前の出来事に思える。

今までの30年間は、毎年正月になる度、「去年の正月が昨日の事みたいだ」と思って過ごしていたものだ。

30年間止まっていた時が、ここ1年で一気に流れ出した。30倍の速度と密度で。

 「大人になってからの10年はあっという間」とは良く言われるが、時間の感覚はチャレンジ量と正比例するとも言われている。

その法則が正しいとすれば、私はこの1年で30年分のチャレンジをした事になる。そして実際そうだった。

 

ある人によれば、私はここ30年は、自分の核心的自己を「心を閉ざす」という方法で守っていたそうだ。言われてみればその通りである。友人を作らず、なるべく人との接触を避けて生活していた。殆どの人の話題には全く興味が湧かず、話をすることはただ苦痛だったからだ。

その代償は社会的不適応と孤独による極度の精神的苦痛だった。ある人によれば、普通だったら耐え切れず生き延びられない程の苦痛だった様だ。内側に針が付いた鎧を着て毎日を過ごしていた。自意識が芽生えた小学校高学年時から50歳まで、意識がある間は絶え間無く苦痛に晒されていた。とても人付き合い所では無い。「生きるか死ぬか」の瀬戸際の時に世間話をされても、こっちはそれ所では無いのだ。

 

この苦痛の強度の激烈さと時間の長さと量の膨大さが、今の私の一番の財産となっている。

それは自分の力であり、勇気であり、覚悟であり、武器であり、鎧でもある。大きなマイナスは必ず大きなプラスに転じる。私が苦痛を礼賛するのはこの経験があるからだ。

 

それ程の苦痛に晒されてまで私が守っていたのは、ただ自分自身の中心核だった。それが何かは分からなかったが、幼い頃から私の中には「自分の中の中心にあるものが、この世界の全てよりも一番価値があるもの」という根拠と揺ぎのない絶対の確信があった。

それは極めて繊細で傷付き易く、極薄の硝子細工の様なもので、この世界のあらゆる事に絶え間無く傷付けられ壊され続けるものだった。

 

今になって分かるが、それは純粋なで出来ていた。

この愛には対象物が無かった。言い換えると全てが愛の対象物だった。

愛以外のものに触れるとすぐ傷付くという、とんでもない厄介者だった。こんなものを世間に晒して生きていける訳が無い。

 

こうして私は、内側に無数の針が生えた鎧を着て数十年を過ごし、鎧を脱いでも中心核を守れる程の強さを得るか、耐え切れずこの世界とは別れるかという勝負を無自覚のうちに続け、無自覚のうちに勝ち、1年前に生まれて初めて鎧を脱いだ。その後の活動の一部はこのHPに記されている。書き切れない事がこの何十倍もあり、いつも忸怩たる思いで過ごしている。少しずつコツコツ書き溜めていこうと思う。

 

私のやり方の一つは、本当の仲間をひとり手に入れる為にそれ以外の100人に嫌われるという方法である。1000人かも知れない。

その手段の一つがこのHPとも言えよう。「本当の読者」ひとりは普通の「慰めが欲しい」読者10000人に勝る。そしてこう書いてまた嫌われる(笑)。

 

嫌われる事を気にしない理由の一つは、私には「自分が」色々やっているという自覚は無く、ただ自己の中心核の媒体だと思っているからである。私には責任は無く、全て中心核の責任である。その中心核に従うという事は私の選択なので、結果として自分の行為は自分の責任とはなるのだが、根本的責任は自分には無く中心核にある。そして私は中心核と心中する事に決めている。

私はただの翻訳機なのだ。

 

この中心核はあらゆる方法で表現され得る。

それは言葉だったり、音楽だったり、映像だったり、ダンスだったり、お手前だったり、立ち方だったり、歩き方だったり、皿洗いの仕方だったり、車に乗り込む時のドアの開け方だったり、友人の質だったり、生き方そのものだったり、今この瞬間の内面の風景だったりする。

誰も見ていなくて、誰も知らなくても、その表現は世界に刻まれ、世界の「足し」になっていくのだ。「退屈」という状態はあり得ない。

その様々な活動の中の一部を目に見える状態にしたのがこのHPとも言える。

そしてその意味を理解する人が現れ、さらに私を打ち負かしてくれる事が私の望みの一つでもある。私はある意味このHPで強敵を探しているのだ。それはこの世界を使ったゲームでもある。

 

このHPにおいて、去年一年間で自分の中のものをなるべく直裁的に思いつくまま吐き出して来た。結果、秘密の洞窟の様なHPになった。どのダンジョンでどんなボスが出てくるか分からない、どんな宝があるか分からないという迷路の様なHPだ。

これはこれで面白いが、今年はさらに自分を吐き出しつつ、より見やすいページにしていこうと思っている。HPに来る人の望みに合わせて、危険箇所はきちんとカラーコーンで区切り、屋台のヤキソバの香りにつられて来たお客さんが間違って迷宮の洞窟に入ってしまわない様な案内図も作っていいかな、とも思っている。

 

 

「世界一紹介しにくいHP」という宣伝文句を作ったが、それは各コンテンツの統一性の無さについてであって、「若だんなの戯言」という一言で紹介できる「世界一紹介しやすいHP」でもある。

 

ありとあらゆる表現を使っているが、その原動力はただ一つである事が読み進めているうちに浮かび上がってくる様なHPになれば良いと思っている。そして同じその一つを持つ仲間が、これからもっともっと増えていくに違いない。