由美ちゃんのキャベツ

小学校の高学年になると調理実習の授業があります。それまでリンゴを剥くくらいしかしたことがない私は「ねえ包丁の使い方とか教えてよ」と母にすがります。母は「そうねえ…」と冷蔵庫を覗いて「じゃあ野菜炒め作ろうか」。特訓です。切ったんだかちぎったんだかわからない野菜の山を作って、授業に備えました。

実習の日、メイン料理は何だったのか覚えていませんが、副菜にキャベツのサラダを作りました。みんな私と似たり寄ったり。キャベツをまっすぐ切るのに苦戦しています。その中で一人、由美ちゃんがキャベツの葉を傾けて、鉛筆を削るようにすっすっと包丁を滑らせていました。「こうするとね、芯のとこまで全部食べられるんだよ」。芯を削った由美ちゃんは、葉を丸めてサクサクきれいな千切りを作っていきます。小さくておとなしい由美ちゃんが、急に大人に見えました。

 

私が生まれたばかりの頃は、まだ固定電話がない家が珍しくなく、我が家も商店を営むお隣の電話を使わせてもらっていました。連絡先を書く時は、電話番号の後ろに(呼)と付けます。「呼び出し」という意味です。小学校高学年頃の学級名簿には(呼)が付く電話番号はほぼ見られなくなりました。由美ちゃんの家の電話番号にだけは(呼)が付いたままです。ふーん、と思いました。

 

中学でも由美ちゃんと同じクラスになりました。優しくて可愛い由美ちゃんに好意を持つ男の子が、けっこういました。仲のいい私に近づいて彼女の気持ちを探ろうとする輩もいて。でも由美ちゃんには好きな男の子がいたのです。私には打ち明けてくれました。今でいうイケメンでちょい悪の男の子。もてないわけないじゃん。彼と私は、会えばちょっと立ち話する程度の仲でしたから、由美ちゃん応援しようかな、と思いました。引き合わせてみたら、彼も由美ちゃんに惹かれて微笑ましいカップル誕生。高校生になっても付き合うのかなあ。だったらいいな。

 

ある日由美ちゃんに頼みごとをされました。受験する学校の下見に付き合ってほしい、というのです。一人で行くのは心細いからと。「そんなの全然OKだよ」と言うと、「授業の後行くから遅くなるの。家の人にそう言ってきて」と言います。

地下鉄から郊外へ延びる電車の終点でした。看護学校…「ここ全寮制で授業料もただなの。その代わり系列の病院で三年働くんだけどね」「看護婦さんになりたいの?」「なりたいっていうか、うーん…お姉ちゃんもここを出て病院に勤めてるんだよ」。

 

その時すべてわかりました。一人前に料理ができるのも、電話番号が(呼)なのも。

由美ちゃんの家に行ったことが何度かあります。小さな粗末な家でした。でもそこは、伊勢湾台風で家をなくした人のために急ごしらえした市営住宅で、そんな家ばかり並んでいたので気になりませんでした。そしてお父さんがいなかった。

高校に行きたかったかもしれないんだ…

 

私の家は裕福ではないけれど、望めば進学させてもらえました。勉強が好きでもない私が学校なんか行っていいのかと迷いました。それなのに分不相応な高校へ行き、東京のお金ばかりかかる大学へ進み、まるで安定性のない仕事に就くのを許してもらった。両親には苦労と心配ばかりかけてきました。それで良かったと、今は思います。立派にはなれなかったけど、好きな生き方をさせてもらって感謝しています。

そうさせてもらえるんだったら、そうしていいんだよ。と、由美ちゃんに言われたような気がしたのです。

 

キャベツを切るときは、必ず芯を削ります。削りながら今でも、由美ちゃんの手つきを思い出すのです。